「修司……」
そっと呟いた不安は、屋上に吹く夜の風にさらわれていく。
綾斗が本部を出て、そろそろ一時間が経つ頃だ。
海の向こうの廃墟が今どんな状態か詳細は分からない。京子が空間隔離に飲まれたというが、綾斗がいれば問題ないだろう。
報せがないのは良い報せだという言葉に希望を持ちつつ、美弦は屋上の鉄柵に張り付いて遠くの廃墟に目を凝らした。
「気配は感じるんだけどな」
観覧車の光は相変わらず煌々としていて、建物の黒いシルエットも健在だ。流石にこの距離だと音までは届いてこないが、強めに放たれる能力の気配はうっすらと感じ取ることが出来た。
仲間がそこで戦っていると思うと、心が急いて落ち着かない。
修司は律と再会したのだろうか。
綾斗に『ここは任せて下さい』と大口を叩いたが、本当は自分も連れて行って欲しくてたまらなかった。
だがここを空ける訳にも行かず、深呼吸して衝動をリセットさせる。
「お嬢ちゃん、元気ねぇな」
ふと聞き覚えのある声がして、美弦は「えっ」と振り返る。屋上には待機の施設員や護兵が10人程いたが、入口から姿を見せた制服姿の彼にそれぞれがピッと敬礼していた。
「平野さん! 来てくれたんですね!」
「おぅ、新幹線でさっき着いたトコだ」
銀環をはめた初老の男は、東北支部のキーダー・平野芳高だ。彼とは何度か会う機会があって、顔馴染みだ。
「ここが手薄になるだろうってな、長官直々の出撃命令が来たんだよ」
「長官ですか。けど、こっちは暇で退屈してたとこです」
「そりゃ結構な事じゃねぇか」
平野は海の向こうへ顔を向ける。「あそこか」と細めた目が鋭いく光った。
「まぁ俺も向こうの方が良いけどな」
「ですよね」
苦笑して肩を竦めると、階段を駆け上がる音が響いて下階から施設員の男が現れた。二人の前までやって来て、疲労顔で敬礼する。
「修司さんが負傷して運ばれたそうです」
「修司が?」
驚いた声が裏返って、平野が「落ち着け」と宥める。
「大丈夫なの?」と焦る美弦に、若い施設員は「命に別状はないという事です」と前置きして片手に掴んだメモを読み上げた。
脳震盪を起こした状態で忍と戦って倒れたという。
「アイツ、馬鹿じゃないの?」
不安な気持ちについ苛立ってしまう。男はビクっと肩を震わせて、「八島病院に運ばれたそうです」と続けた。
「お嬢ちゃん、行っても構わないぞ? 俺はこういう時の為に呼ばれたんだからな」
病院は本部からそう遠くはない場所にある。
今すぐ顔を見たいと思うが、それはきっと自分が安心する為でしかない。京子を助けるために現地へ向かった綾斗とは違う。
なら返事は一つしかなかった。
「命には係わらないんですよね? なら残ります。ここを離れたらきっと後悔するんで」
もしここで何かが起きたら、修司の所へ行った自分を一生許せないだろう。
「お嬢ちゃんは大人だな」
にんまりと笑う平野に、美弦は「キーダーですから」と胸を張った。
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