スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

243 曳地と久志

公開日時: 2024年7月18日(木) 09:04
文字数:1,140

 戦いへ向けて道具の調整が終わっていないらしく、久志ひさしは本部の技術部に籠って追い込みをかけるという。


「キイさんとメイさんは一緒じゃなかったんですね。技術部の仕事があるって聞いたから、てっきり連れて来るんだと思っていました」


 キイとメイは久志が『優秀だ』と言う、彼の自慢の助手だ。何だかんだお互いに文句を言いながらも、揺ぎ無い信頼関係が成立しているのははたから見ても良く分かった。


「そうだね。二人も来たいって言ってたよ。けど、置いてきた。僕の我儘わがままだ。あの二人にまで居なくなられたら、僕はもう僕で居られなくなっちゃうから」


 久志は「ね」と目を細める。

 今控えている戦いは、それだけ激しい事になるのだろう。

 やよいや佳祐けいすけを失った久志の気持ちを思うと、当然の選択だと納得してしまう。


「久志さん──俺に何かできる事はないですか?」

「ありがとう。けど、綾斗は綾斗の仕事をして。バーサーカーは大事な切り札なんだから、万全にしておかなきゃダメだよ?」

「それは、分かっていますけど……」

「僕は大丈夫。脚の事もあるし、今回は技術部とキーダーとしての仕事を兼任けんにんさせてもらう事になってるから。まぁ戦況が悪くなったらそうも言ってられないんだろうけど」

「それで良いと思います」


 佳祐に折られた脚は普段の生活をする分には問題ないのだろうが、戦いとなれば話は別だ。

 うなずく綾斗に苦笑して、久志が机から引いてきた椅子に腰を下ろした。 


「今回の追加メンバーは分かる? 他の支部から誰が来るって聞いた?」

「まだ確定はしていないみたいですけど、曳地ひきちさんが来るらしいですよ。昼前に事務所へ行った時、そんな話してました」

「あぁ──たかさんか」


 かつて中国支部で一緒だった相手の名前を聞いて、久志は途端に不機嫌な顔をする。

 綾斗が北陸に居る時も、彼の話題が出る度にそんな感じだった。『コーラ男』と勝手にあだ名を付けて、過去の愚痴をこぼしていたのだ。

 そういえば少し前に曳地が本部へ来た時は、逆に久志を気に掛けていた気がする。


「久志さんて、曳地さんの事となると不満そうですけど、昔何かあったんですか?」

「色々ね」


 細かい愚痴は聞いていたが、ハッキリとした確執があるような気がした。久志は否定をしないものの、詳細までは教えてくれない。


「じゃ、お互い頑張ろう? ちゃんと生き残らないとね」

「勿論です」


 意気込む綾斗に、久志は「そうだ」と眉を上げる。

 白衣のポケットから小さな白い箱を取り出して、綾斗の前に差し出した。


「良かったら使って」


 そう言って久志は中身の説明をする。


手前てまえみそだけど、いらなければ使わなくても良いから」

「いえ、ありがたく頂いておきます。必要ないって言いたい所ですけど、生き残る確率は少しでも上げておきたいんで」

「なら良かった」


 久志は満足そうに微笑んだ。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート