「何があった?」
横並びで立ち食い蕎麦をすすりながら、藤田が七味の瓶を回してきた。
久志は「じゃあ」と汁に浸った天ぷらの上で瓶を振って、「いただきます」と手を合わせる。泊まったホテルで無料の朝食バイキングを食べて来たが、胃袋にはまだまだ余裕があった。
けれど「奢ってやる」と気前良く言われて付いてきたが、まさか松葉杖の身で立ち食い蕎麦を食べる事になるとは思ってもいなかった。
値段が安くて藤田自身の好きな物──理由はその二つに尽きる。
片足はギプスのままだが、高いテーブルを支えに立っている分には支障ない。冷房の効いた満席状態の店内で熱めの蕎麦をすすりながら、久志は話を切り出した。
「世の中には、能力者に銀環を付けるアルガスが悪だって言う考えの人間が居るんだよ」
こんな所でする話でもないけれど、こんな所だからこそ平常心で居られると思うと都合がいい。
「そいつ等は野放しの能力者がどれだけ恐ろしいものか分かっちゃいないんだろうね。ただヒーローになれるだけの力じゃないのに」
「まぁ人間が考える事なんてそれぞれ違うんだろうよ」
ぼんやりした視線を正面の壁に漂わせたまま、藤田は溜息をつく。
「他の奴等の事なんて気にしてたらキリがねぇ。しゃあねぇだろ。お前に大事なのは、お前がお前を信じる事じゃないのか? 俺だって自分の力を信じてんだよ。この腕さえありゃあ食うには困らねぇからな」
「オッサンはいつもお金の事ばっかりだね。けど僕はオッサンみたいになれるかな」
「俺みたいにはなるな」
笑う所だと思うのに、笑えなかった。気を抜けば泣いてしまいそうになって、久志は歯を食い縛る。
「僕には同期の仲間が三人いたでしょ? そのうちの二人が死んだんだ。僕もこんな足になって、何が出来るのかなって」
「愚痴吐きに来たのか」
ふんと鼻で笑う藤田に、久志は「そうだよ」と頷く。
わざわざ飛行機で会いに来た自分との、呆れるほどの温度差が情けなくて手が震えてしまう。
こんなギャンブル漬けの藤田だけれど、今でも彼に追い付いたとは思えない。
佳祐がやよいを殺した事実を隠蔽するために、ホルスは佳祐の銀環についたGPSを改造した。
銀環も趙馬刀も藤田が昔作ったものだ。それをあんな精巧に組み替えることが出来る技術者が敵に居る事が怖いと思った。
「オッサンより凄い技術者なんて他に居るのかな」
「そんな奴、この世に居る訳ねぇだろ」
箸の先を宙でくるりと回して、藤田はガハハと笑う。
「だったら、敵にいる奴は何なんだよ」
不安が頭を取り巻いて、思わずテーブルを叩いた。弾みで体重を掛けた足がズキンと痛む。
「落ち着けよ」
「落ち着いてなんかいられないよ。敵は銀環を改造して僕たちを欺いたんだよ? 僕が気付けなかったら、今でも佳祐が敵だなんて信じられなかったかもしれない」
「久志、声がデケぇよ」
どんどん上がるボリュームに、藤田が「ヤメロ」と宥めてどんぶりに浮いていたナルトを久志の蕎麦の上へ移した。
「食え」
「ごめん。けど、僕は……」
「けどじゃねぇよ。言っただろ? この世で俺より凄ぇ技術者なんて居ねぇんだよ」
「そうだけど──え?」
ふと思いついた考察に、掴みかけたナルトを取りこぼす。
困惑のまま振り向くと、藤田は「あぁ」と笑んだ。
「ま……」
まさかという言葉を出掛けてすぐに飲み込んだのは、その続きを否定したかったからだ。
けれど藤田は「やめてよ」と震える久志の生死を振り切って、その事実を口にした。
「そんなことできる奴、俺意外にいねぇんだよ」
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