スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

357 浩一郎のこと

公開日時: 2025年3月3日(月) 09:06
文字数:861

 廃墟の中に忍が居ると言って、綾斗あやとが京子と二人で向かった。

 後を追う二人に付いて行きたかったが、美弦みつるは怪我を理由に止められてしまう。


 松本との戦闘で負った打撲だぼくが動くたびにギンと響いた。

 こうして立っている分には平気だが、再び戦闘となれば集中を欠いてしまうだろう。


 だから久志ひさしたちと外に居るよう言われて「分かりました」と答えるしかなかった。

 残ると割り切ると、今度は本部で溜め込んだ諸々の話が喉の奥からい上がって来る。綾斗の九州行きの件もそうだが、今はやはり浩一郎の事だ。


 本人は彰人あきひとが気付いていないだろうと言っていたが、かんの良い彼が本当にそうだとは考えにくい。


 桃也とうやがマサと朱羽あげはにテントへ行くよう指示の電話をする横で、美弦は向かいに立つ彰人をそっと伺った。

 さっきの報告で省いてしまったその事実は、本来伝えるべき事だ。

 今話さなければ先に浩一郎がここへ到着してしまう──反応が少し怖い気もするが、美弦は意を決して「あの」と切り出した。


 「どうしたの?」と答える彰人と目が合うが、思わず続く言葉を飲み込んでしまう。


「えっと、あの──」

「言いづらい話なら、何となく想像は付いてるけど?」

「そうなんですか?」

「うん──まぁね」


 彰人は苦い顔をする。


「本部からの報告に、キーダーが4人居たって書いてあったでしょ? 美弦ちゃんと、大舎卿だいしゃきょう平野ひらのさん以外に誰が居るかって考えたら、想像したくない事ばかり浮かんで来るよね」

「────」

「僕の父親の事だよね?」

「彰人さん……」


 呆れ顔の彰人に真相を射貫いぬかれて、美弦は「はい」と向こうでの話をした。本部での戦いに、地下牢に居る筈の浩一郎が銀環ぎんかんをして現れた事だ。


「浩一郎さんもこっちへ向かってる筈です」

「ええっ」


 その事実に、周りで聞いていた三人が一斉に声を上げた。サードである桃也も初耳だという顔をしている。

 当の彰人は押し黙っているが、普段一切漏らす事のない気配を衝動のままにくすぶらせていた。


「想像したことが無いと言えば嘘になるけど、本当にそんな事になるとはね」


 怒りさえ含んだ彰人の小さな声が、鼓膜こまくの奥まで入り込んで来た。







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