淡々と語られた過去の壮絶さを受け止めきれず、桃也の声が遠退いていく。それでも必死にしがみ付いて、修司は彼の言葉を頭で反芻させた。
能力に関して知識のある人間なら、『大晦日の白雪』がバスクの起こした暴走だと疑わないだろう。あれだけの被害を出すには、銀環の付いたキーダーでは力不足だと思っているからだ。修司も颯太や平野から聞いて疑わなかったし、被害の規模からみても犯罪めいたものだと思っていた。
けれど、現実は想像と大分違っている。
桃也がファイルの先頭を広げた。
記入日はやたら新しく、ほんの一年半前だ。記入者は同じく佐藤雅敏で、彼が曖昧に印した記録を真実へと書き換えたらしい。
七年前の大晦日の夜に桃也が帰宅すると、家の様子がおかしかったという。
雪に付いた足跡が玄関まで一方通行だったこと。鍵が開いたままの扉、そして雪で濡れた廊下――その悪い予感に踏み込まねば良かったのかと苦悩の表情を見せて、桃也は「もう何もかも遅かった」と首を振る。
「京子はあの日の風景を灰色に例えるんだ。けど、俺にとっちゃ赤いんだよな……あの夜は」
修司は彼の言うその風景を想像して、声を失った。
『大晦日の白雪』の犠牲者四人のうち三人は桃也の家族で、もう一人はそこで出くわした強盗犯だ。状況を示す言葉が冷酷に『刺殺』だと記されている。
中学生の桃也が目にした風景は、床に崩れる家族と、その中央で血に濡れたサバイバルナイフを握った男だったという。
強盗犯の死因は唯一の『能力死』。
バスクの感情が乱れた時、力は暴走する──つまり、桃也が『大晦日の白雪』を引き起こしたのだ。
「ごめんなさい。もう、いいです」
震える手を押さえつけて、修司は椅子を引いた。
そんな真実、想像もしなかった。
「そんなの、桃也さんのこと誰も責められないじゃないですか!」
ぐしゃぐしゃに濡れた視界の奥で、桃也が「ありがとな」と微笑む。
「でも、それで敵を取ったわけじゃない。俺だって命を奪ったことに変わりないんだ。風景が消えて、気付いた時に俺を最初に見つけてくれたのがマサだった」
「この記録を書いた人ですね」
「あぁ。俺をバスクだと理解した上で、それを伏せて被害者として庇ってくれた。本当の事を知ってたのは、警察とアルガスの偉いさんだけだ。キーダーも俺を匿ってくれた数人だけ。そこから自分の未来を選択しろって言われてさ、決断するまで五年もかかっちまったよ」
「バスクを伏せて、って。五年の間、銀環は付けなかったんですか?」
『大晦日の白雪』を起こす程のバスクが、アルガスに近い場所でノーマルを装い続けることができるとは思えない。
桃也は修司のそんな疑問にシャツの袖を捲り上げて、「俺も知らなかったんだけど」と自分の銀環を見せた。
「世間一般で言う銀環はコレだけど、別にこの形である必要はないんだってよ。俺はマサに言われて、指輪をしてた。銀環みたいに結ばなくても、ある程度抑えられるってな」
つまり手首に巻かなくとも、キーダーが直接関わらなくとも、銀環と同じ機能を持ったものを身に着けるだけでそれなりの効果が出るということだ。
「桃也さんは銀環の代わりにその指輪を付けていたから、バレなかったってことですか?」
「あぁ。ここの技術部が作るモノは、ある意味キーダーの力より凄ぇからな。京子にバレなかったのはそれだけの理由じゃねぇけど、一緒に住んでたのに一年以上隠し通せたのには俺も驚いてる」
「ですよね。そんな至近距離で……」
「だろ?」
アルガスの技術部については、彰人も話をしていた。バスクから見ても相当のレベルなのだろう。
「『大晦日の白雪』を起こした俺がキーダーになるなんて無理だろうって思ってたけど、どんだけ考えても諦められなかった。五年掛けてキーダーになって全部打ち明けた時、京子には泣かれたよ」
「恋人同士だったんですよね、その時も」
「アイツには色々迷惑かけたけど、この道を選んだことに後悔はしてねぇよ。俺は自分の力で犯した罪を、自分の力で償っていこうと思う。だからお前も悩むだけ悩めばいいから、選択ミスだけはするなよ?」
桃也は「フォローはしてやる」と胸を張って、「これが大晦日の白雪の真実だ」と締めた。
その内容を冷静に受け止めることはできなかったが、修司は鼻をズズズとすすり、「ありがとうございました」とがっくり頭を下げた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!