スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

339 友の歓迎

公開日時: 2025年1月26日(日) 09:23
文字数:1,037

 横からの衝撃に視界が暗転して、気付くと世界が垂直に倒れていた。

 数秒失った意識の断片にしがみ付いて、美弦みつるは「駄目よ」と身体をひねる。


 松本は能力の気配こそさせているが、美弦を倒したのはただ一本の腕だ。一発の衝撃に抵抗する余地もなく地面に叩きつけられた。

 全身が重くあちこちに痛みが響いて、立ち上がろうと踏み込んだ足がもつれる。


「これ以上進ませないって言ったでしょ? 貴方だって怪我してるんだもの、私だってまだ戦えるわ」

「寝ころんだまま強がるなよ。俺は我慢大会する気はないんだけど?」


 さっきの美弦の攻撃で、松本の薄い色のジャケットに黒い染みが広がっていた。

 互いに負傷しているならば好機と取るべきだ。

 せめて能力だけでもと美弦は念動力を駐輪場へ飛ばすが、重力を逆らって飛び上がった自転車は、松本へ届く前に宙で粉砕した。


 倒れた美弦の前に松本がしゃがみ込む。

 抵抗して振り上げた手は、松本につかみとられてしまった。


「やめときな。殺されたいのか」

「殺されるつもりなんて……ないわよ」


 相手の動きを制御するには力の差がありすぎる。

 松本に隙はない。また何か攻撃をしても、呆気あっけなく弾かれてしまうだろう。


 どうする──?

 考える時間を稼ぐように、美弦は同じ質問を繰り返した。


「貴方はここで何をするつもりなの?」

「それを敵に聞くのか?」

「聞かせてくれるなら聞きたいわ」


 挑戦的に言う美弦を見下ろし、松本は「そうか」と笑う。しかしそれに続く会話を、突然頭上から降ってきた気配がさえぎった。


「嬢ちゃん!」


 平野ひらのだ。装甲に覆われた建物の3階から黒い影が飛び出して、彼が軽快な着地を決める。

 駆け寄った平野に抱き上げられ、美弦は松本から引き剝がされた。


 そのタイミングに合わせて、護兵ごへいが屋上から一斉に松本目掛けて銃を放つ。

 弾ける火花と耳を突く音が闇に響いた。


 ただの一発も弾が目標に当たらないのは想定済みだ。鉄の雨を地面に降らせ、松本が「うるさいな」と顔をしかめる。


 けれど、これが追い風になればと思う。

 美弦は平野に「ありがとうございます」と安堵の顔を見せた。



   ☆

 大舎卿だいしゃきょうが松本の気配に気付いたのは、地下への階段を半分ほど降りた所だった。


「来たな」


 一言呟いた声は、自分の足音に掻き消える。

 そのまま最下層まで下りると、「どうぞ」と古参の護兵ごへいが迎えた。

 廊下の一番奥に捕らわれるのは、彰人あきひとの父・浩一郎だ。


「わしに会いたかったじゃろ」

「おぉ、会いたかったぞ、かんちゃん」


 暗い鉄格子の奥で満面の笑みを広げる浩一郎は、「いらっしゃい」と晴れやかに友を歓迎した。





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