横からの衝撃に視界が暗転して、気付くと世界が垂直に倒れていた。
数秒失った意識の断片にしがみ付いて、美弦は「駄目よ」と身体を捻る。
松本は能力の気配こそさせているが、美弦を倒したのはただ一本の腕だ。一発の衝撃に抵抗する余地もなく地面に叩きつけられた。
全身が重くあちこちに痛みが響いて、立ち上がろうと踏み込んだ足が縺れる。
「これ以上進ませないって言ったでしょ? 貴方だって怪我してるんだもの、私だってまだ戦えるわ」
「寝ころんだまま強がるなよ。俺は我慢大会する気はないんだけど?」
さっきの美弦の攻撃で、松本の薄い色のジャケットに黒い染みが広がっていた。
互いに負傷しているならば好機と取るべきだ。
せめて能力だけでもと美弦は念動力を駐輪場へ飛ばすが、重力を逆らって飛び上がった自転車は、松本へ届く前に宙で粉砕した。
倒れた美弦の前に松本がしゃがみ込む。
抵抗して振り上げた手は、松本に掴みとられてしまった。
「やめときな。殺されたいのか」
「殺されるつもりなんて……ないわよ」
相手の動きを制御するには力の差がありすぎる。
松本に隙はない。また何か攻撃をしても、呆気なく弾かれてしまうだろう。
どうする──?
考える時間を稼ぐように、美弦は同じ質問を繰り返した。
「貴方はここで何をするつもりなの?」
「それを敵に聞くのか?」
「聞かせてくれるなら聞きたいわ」
挑戦的に言う美弦を見下ろし、松本は「そうか」と笑う。しかしそれに続く会話を、突然頭上から降ってきた気配が遮った。
「嬢ちゃん!」
平野だ。装甲に覆われた建物の3階から黒い影が飛び出して、彼が軽快な着地を決める。
駆け寄った平野に抱き上げられ、美弦は松本から引き剝がされた。
そのタイミングに合わせて、護兵が屋上から一斉に松本目掛けて銃を放つ。
弾ける火花と耳を突く音が闇に響いた。
ただの一発も弾が目標に当たらないのは想定済みだ。鉄の雨を地面に降らせ、松本が「うるさいな」と顔をしかめる。
けれど、これが追い風になればと思う。
美弦は平野に「ありがとうございます」と安堵の顔を見せた。
☆
大舎卿が松本の気配に気付いたのは、地下への階段を半分ほど降りた所だった。
「来たな」
一言呟いた声は、自分の足音に掻き消える。
そのまま最下層まで下りると、「どうぞ」と古参の護兵が迎えた。
廊下の一番奥に捕らわれるのは、彰人の父・浩一郎だ。
「わしに会いたかったじゃろ」
「おぉ、会いたかったぞ、勘ちゃん」
暗い鉄格子の奥で満面の笑みを広げる浩一郎は、「いらっしゃい」と晴れやかに友を歓迎した。
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