「俺の言う事なんて聞かずに薬を飲んで、何も言わずにあの男に会いに行ったんだろ……?」
寂しい目をした男は、溜め込んだ想いを吐き出す。
「どういう事ですか?」
「どういう事だろうね」
忍は誤魔化すように苦笑した。
松本がアルガスの本部で亡くなったと報告を受けただけで、詳細は分からない。
京子がそのままを話すと、忍はどこか納得したような目で溜息をつく。
「忍さんが松本さんを向こうへ行かせたんじゃないんですか?」
トップの指示に従い、キーダーの手薄な本部を狙ったと考えていたが、忍は「俺じゃないよ」と否定した。
「あの男って言うのは……誰なんですか?」
松本は元キーダーだ。そんな彼が本部で会いたい相手は彼の過去を知る人物だろう。
京子はふと思い出した記憶を手繰り寄せる。
──『宇波さんは元気か?』
「長官……? 長官に会いに行ったのかな?」
「そうなの?」
京子は首を傾げながら、綾斗に「そうだと思う」と頷いた。
二人の過去は知らないが、あの時の松本が穏やかに安堵した顔が全てを物語る気がした。
松本は宇波に会えたのだろうか。
「アイツはいつもアルガスの事考えてた気がする。俺はまた一人ぼっちだ。いや、最初からか──?」
忍は敵だ。いつその現実を突き付けて来るか分からないのに、苦しそうに笑う顔をじっと見てはいられなかった。
溜まる想いを虚空に投げて、忍は砕けた壁の奥に光る観覧車を見上げた。
「小さい頃、家族で旅行に行った事があって、観覧車に乗ったんだ。あの人たちと俺は血が繋がってないんだけど、楽しかったんだよな」
忍はサメジマ製薬の養子として育ったのだと話してくれたことがある。
けれど忍がバスクだと知り、義理の両親は態度を一変させたという。
「ねぇ京子、君が俺の所に来てくれないなら、俺はこれからどうすればいいの? キーダーの君の意見が聞きたいな」
「忍さんは……罪を償うべきだと思います」
もし忍の降参で戦いが終われば、彼はアルガスの牢へ入り裁かれる。
忍は「ふぅん」と興味なさげに相槌を打った。
「俺はただ自由になりたかっただけなのにな。生まれてすぐにキーダーが迎えに来てくれたらこうはなってない。アルガスの罪こそ大きいよ」
淡々と言い切る忍の言葉が耳に痛い。出生検査をすり抜けたバスクが存在するのは『仕方ない』で済ませられることじゃない。
けれど返事に戸惑う京子を見兼ねて、ずっと黙っていた綾斗が後ろから「ちょっと」と割り込んだ。
「ふざけるなよ。自分の不幸を理由に人を殺してる奴が言って良い言葉じゃないだろ? やよいさんも、佳祐さんも貴方が殺したようなものですよ? それを自覚していない事こそ罪だ」
「人を殺すのが悪い事だってくらい知ってるんだよ。バスクの赤子を100パーセント探し当てるのが無理だって事も分かる。けど、何で俺だったんだよ。だったら最初からみんな銀環をしなければいいだろう?」
忍はいつしか左手に掴んでいた一粒の錠剤を口の中へ放り込んだ。
ホルスの作った『トールをバスクにするための薬』だ。
「これが本当に最後だよ」
不気味な咀嚼音を響かせて、忍の気配が際立つ。
「来いよ京子、俺と戦おうぜ」
「────」
「誘ってんだよ」
忍は差し伸べた手に小さな光を灯らせた。
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