颯太が地下の資料庫から持ち出したファイルに貼られていたのは、彼がアルガスに入った頃に撮られた写真で、当時在籍したキーダーが上下2段に並んで写っていた。
誠の机に挟まれていた写真は、恐らく同じ時に撮られたものだろう。
記憶のままの配列だが、前列の中央──颯太の真下に、当時アルガスの施設員だった誠の姿があった。
今と変わらない穏やかな表情に、キーダーのまとめ役だった頃の姿が垣間見える。
「懐かしいですね。確か、松本さんが一緒に撮ろうって言いだしたんですよね」
「あぁ。あの頃の思い出はこれ一枚になってしまったよ」
颯太が小さく笑う。写真に写る若い颯太は誠とは正反対で、ムッスリとカメラを睨んだやる気のない顔で突っ立っている。
誠は目の端に皺を寄せて、再び京子たちの向かいに腰を下ろした。
「解放前のアルガスは牢獄だとか言われてた。颯太君も『嫌だ』って言って真っ先に出て行ったけど、僕は君たちと過ごす時間が好きだったよ。まさかこの歳までここに居られるなんて思ってなかったけどね」
昔を懐かしむような穏やかな口調で、誠は話をする。
けれど、時折辛そうな色を見せる理由は何だろうか。ここでの生活は楽しい事ばかりではないと想像はできるけれど。
「一つ聞いても良いですか?」
「何だい、颯太くん」
「ヤスさん──加賀泰尚は、本当にあの時死んでしまったんでしょうか」
颯太の目がずっと写真の彼に落ちている事に気付いた。
バーサーカーの松本の隣に写る男が、そんな名前だった気がする。京子は彼の事を知らないが、颯太とは仲の良かった人なのだろうか。
誠は一瞬眉を顰め、「そうだと言ったよ」と答えた。
「彼は外部調査へ出て命を落とした。それ以上を僕の口から告げる事はできないよ」
それは真実が他にあるという返事のように聞こえた。
誠は基本的には優しい人なんだと思う。けれどそれ以上に『アルガス長官の宇波誠』という殻は頑丈に彼を固めていた。
「分かりました」
颯太もそれ以上は聞かなかった。
誠は「それで」と話を戻す。
「アルガス解放以後、銀環を外したら自分には何が残るんだろうって秀信くんは良く言ってたよ。『トールとしての価値が現状を超えられるんだと見込めたら、すぐにでも出て行く』ってね。颯太君は家族の元へ帰りたいと言っていたね」
「あの時はそれしか考えていなかったですからね。また戻って来ましたけど」
「流石の僕も驚いたよ。けど、嬉しかった。ありがとうね」
「いえ……」
颯太は気恥ずかしそうに誠から目を逸らした。
「秀信くんは出て行く理由を話してはくれなかったんだ。ただ『自分は何も知らなかった』んだって言ったのが最後。何を知ったつもりになったのかは分からないけどね」
「松本さんは今、ホルスと関係があるんですね?」
彼はそうなるために外へ出たのだろうか。それとも、行き着いた場所がそこだったのだろうか。
「逃がしてしまって申し訳ありません」
「今回の事は、田母神君が無事だったんだからそれで良いよ。むやみに命令もなく戦う相手じゃない。今はまだ──そうだね、賢明な判断だったかもしれない」
「どういう事ですか?」
誠の表情から笑みが消える。
あまり見たことのない鋭さに、京子はぞっと背筋を震わせた。
誠は一度真横に閉じた唇をゆっくりと開いて、
「今から言う事は、正確な情報じゃない。ただ、キーダーに共有させるべきだと思うから、君たちには先に言うよ?」
「俺は……?」
「君にも知っておいて貰いたい事だ。今のホルスのトップは松本秀信──彼だと思う」
思いもよらぬ事実に、京子と颯太は思わず「えっ」と声を揃えた。
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