能力者の出生率は数百万人に一人だ。
出生時の検査で陽性反応が出ると、管轄支部からキーダーがやって来て、赤子の手に銀環を結んでいく。
キーダーの力は銀環で管理され、そのデータや制御はアルガス本部の地下にある『核』と呼ばれるコントロールルームに集約された。
今でこそキーダーは英雄と言われているが、二十五年前までのアルガスはキーダーを収容する監獄のような場所だったという。
十五歳の春に親元を離れ、アルガスに入るという流れは今と変わらないが、かつての時代のキーダーはそこからの一生をずっとこの施設で送らねばならなかった。
そしてそんな何百年と続いた理を破ったのが、大舎卿だ。
二十五年前、地球に接近した隕石の落下地点が東京のど真ん中だと予測された。
人々がパニックに陥る中、大舎卿が一人で隕石に立ち向かい、日本を救ったのだ。
彼に向けられた『英雄』という称号は、後のキーダーの代名詞となり表舞台へ出るきっかけとなる。
「もしまた隕石が降ってきたら、京子さんは止める自信ありますか?」
青白く光る刀を振りながら、綾斗が尋ねた。
ギンと音を立てる一打一打の重みを堪え、京子は隙を見て彼の刃を跳ね上げる。
「どうだろうね。降ってくる隕石なんて、不鮮明な動画とシミュレーションでしか見たことないし」
綾斗はよろめきつつも体勢を立て直し、また次を打ってくる。攻撃は荒いが、余裕がある。手加減すればすぐに京子が負けるのは目に見えていた。
「やるね」と京子が柄に力を込めると、光が白い波を立てる。
「けど「やれ」って言われたらやらなきゃならない。ここに居る以上、私たちは人間を護る盾でなくちゃいけないんだよ」
そういえば、綾斗と二人きりで訓練するのは初めてだった。いつもマサか大舎卿のどちらかが一緒に居たせいで、今まで必要最低限の会話しかしたことがなかった気がする。
「俺たちにとって、敵はやっぱり人間なんですか?」
「どう見てもこれは隕石相手の訓練じゃないよね。私は経験ないけど、人を相手に本気出さなきゃいけない時もあるよ。昨日の山梨も予想通りバスクだったし」
潜在能力を調べる出生検査は義務だが、何らかの理由でそれを逃れる能力者が稀に存在する。力を持ちながらも銀環をせず、国の管理から外れて生きる能力者を『バスク』と呼んだ。
キーダーが毎日のように繰り返すのは、対人を想定した戦闘シミュレーションだ。野放しのバスクが地方で暴れたという報告は何度も聞いているが、ここに五年居る京子は実戦で人間を相手にした事はない。
「国がキーダーを英雄として受け入れてくれるんだから、私たちも見合った実力を付けなきゃ。隕石と一緒に宇宙人が降ってくる可能性だってないわけじゃないんだから」
「大分想像力が豊かですね」
「でも、そう言うこと。監禁するほど恐れたキーダーの力を消す事だってできるのに、国がそれを選ばないのは、私たちを切り札だと思ってるから。この世界にバスクがいる以上、国は手駒になるキーダーを確保したいんだよ」
「結局、能力者の相手は能力者でやれってことなんですね」
一瞬視線を外した綾斗の隙を見て、京子は刃の先端を彼の顎の下へ突き上げた。
ビクリとして綾斗は動きを止める。
「おしゃべりしてるからだよ」
「完敗です」と頭を垂れ、綾斗は刀の光を消した。
趙馬刀と呼ばれる刀で、基本は柄のみの状態だ。
刃はキーダーが自らの力で生成するという、アルガスの技術部が開発した渾身の武器だ。
「でも綾斗も大分強いよ。本気で来られると結構キツイもん」
京子も光を消し、趙馬刀を腰のベルトに提げる。
「まだまだですよ。俺、攻撃系の力が少し苦手で。今度教えてください」
「いいけど、それこそ爺の得意分野なんだから、爺に習ったら?」
「大舎卿に「京子さんから」って言われちゃいました」
苦笑する綾斗に、京子は「わかった」と頷く。
京子も大舎卿に戦術をきちんと教えてもらった記憶はなかった。戦闘に関しては、殆どマサに習ったものだ。
拳を握り締めて闘志に燃える綾斗は、強くなる事、キーダーである事に貪欲だ。アルガスに入った頃、自分はこんなにも純粋に、キーダーである事に誇りを持っていただろうか。
小さい頃から力があると讃えられ、何の疑問も抱かずにキーダーになった。強いられたプログラムのままに訓練をこなした五年を経て、日々を退屈だとさえ思ってしまう。
「じゃあ、これはしたことある?」
京子は制服のポケットから、色とりどりのビー玉を五つ取り出した。
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