ひた、と背後で響いた綾斗の足音は、それ以上動くことはなかった。
「誘ってんだよ」
京子を戦いへと促す忍に、彼は怒りを押しとどめる。その刺すような視線に忍は「怖いねぇ」と肩を竦めた。
京子は「やれるよ」と気合を入れる。
「何かあったら交代させて下さい」
壁まで下がる綾斗の位置を横目で確認し、京子は忍と向き合った。目は闇にだいぶ慣れて、おおよその位置関係は把握できている。
「私はもうこれ以上大切な人を失いたくない。キーダーとして、この戦いを終わらせます」
「大切な人か。そこに俺は入ってないの?」
「……入っていませんよ」
そこで声が小さくなってしまうのは、覚悟が足りないせいだろうか。
本心や仕事、それに正義と色々なものが混ざり合って葛藤してしまうが、気持ちの迷いは自分の死を招く。
京子は改めて綾斗と取り換えた趙馬刀に刃を付けた。
光で戦う事もできるが、長く訓練してきたこの武器が一番具合が良い。久志に力を開放してもらった効果で、反り立つ刃も鋭く大きかった。
「俺は京子にとって敵でしかないんだね。けど、戦うんだからそれで良いんじゃない?」
「…………」
「京子の困ってる顔見ると、ゾクゾクするよ」
最後の薬を飲んだ忍は、嬉々して目をギラつかせる。全身からドンという音を響かせて、彼の気配が急激に増した。
「薬の効果?」
「そうだね。けど、もっとだよ」
戦闘態勢に入る彼の威力が更に跳ね上がるのが分かった。バーサーカーの2人には及ばないが、十分に強い。
攻撃力の高さは体力の消耗に比例するが、彼と同等まで威力を上げなければ対等に戦う事は出来ない。
最後まで立っていられますように──祈りながら気配を吐き出していくと、忍が「楽しいね」と笑んだ。
「俺も本気で行くよ。だから京子から来て」
「分かりました」
こういう時こそ冷静にしなければと思うのに、体中から込み上げる力に理性がどんどん保てなくなってくる。趙馬刀の刃もさっきより更に大きく青い炎を走らせていた。
能力者が戦いを好むのは本能だ。ゆるりゆるりとゲージを振り切って行く。
「京子!」
ハッとした綾斗が響かせた声は、京子の耳には届かなかった。
「来いよ」と手招く忍に攻撃を仕掛ける。
素早い刃の動きは青白い弧を闇に刻み、忍は次々とかわしながら隙を見て光を打ち込んだ。お互いにダメージを与えられないまま攻撃と回避を繰り返し、廃墟を猛スピードで移動していく。
高く飛び上がった忍の勢いに、天井の壁が丸く崩れた。建物が持つのも時間の問題だ。
最初に来た広場はすっかり風景が変わり、上階に伸びていたエスカレーターが上から折れて地面に倒れていた。向こう半分の壁が消え、外の風景が剥き出しになっている。
「よそ見する暇ある?」
忍の声と同時に彼との距離が一瞬で詰まって、慌てて後ろへ飛び上がった。
集中が乱れた自覚はないのに、自分の動きが鈍くなっているような気がしてならない。
「嘘でしょ」
思ったよりも疲労のペースが早すぎる。
趙馬刀の刃が通常の威力に戻っていた。
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