京子は柱の時計を確認して「来なかったね」と立ち上がり、モニターを見やる。
屋上の戦闘は落ち着いたかに思えたが、桃也はまだ現れなかった。
場内の興奮が最高潮に達して、修司のお気に入りの曲がフィナーレを迎える。暗転するステージに息を飲むと、誰かが「アンコール」と叫んだのを皮切りに、言葉が次々に重なって大きな歓声となった。
京子が改めて「修司」と振り返る。
「安藤律に会っても、キーダーで居られる?」
やはりその質問なのかと思いながら、修司は「居られます」と答えた。
「よろしい。じゃあ、あの女を捕まえに行こうか」
天井を指差して、京子が先に動いた。いつもハイヒールの彼女が、今日はスニーカーを履いているせいで目線が近く感じる。
律はいつもそうだったが、やはり戦うには動きやすさ重視なのだろう。
「別支部のキーダーも来てるって聞いたんですけど、全部でどれくらいいるんですか?」
「応援は一人だよ。うちは桃也と修司が来てくれたから全員ね。綾斗と美弦は搬入口を守ってる。観客の避難はそっちを使う予定だから」
「応援は一人なんですか?」
応援が九州の人だとは聞いていた。平野が居ないのも知っていたが、その心許《こころもと》ない人数に不安を覚えてしまう。
そんな修司に京子は強気な姿勢で、ポジティブな言葉を投げた。
「キーダーは弱くなんてないよ。向こうの戦力に劣っていない。だから、仲間を信じて自分のできることを精一杯やろう?」
そして京子は階段を上りながら、「彰人くんもいるからね」と加える。
「彰人さん……」
「彼のことも聞いた? 色々あったけど、今はすごく頼れる人だよ」
「分かってます」と修司は答える。『仕事だからね』とはにかんだ彼の顔が忘れられない。
「いい? 無理だと思ったら逃げることも強さ。生き残ることが一番の強さなんだってことを頭に入れておいて」
最後にそう言って、京子は修司より二歩先に四階へと足を踏み入れた。
☆
コンサート会場である吹き抜けのホールは四階まで届いていたが、中へと繋がる扉は三階までしか付いていなかった。ロビーも若干狭く、下の階と同じサイズのモニターが大きく感じられる。
映し出される場内は、繰り返されるアンコールに、満を持しての登場を期待する頃合いだ。
京子が「あっちで待ち合わせてるから」とホールを取り囲む細い廊下を指差した。奥を示す案内板には『貸会議室』と書かれている。
そしてモニターには、いよいよジャスティの少女たちが姿を現した。
感極まった叫び声が防音の壁を震わせたその瞬間、先に走り出した京子の足音にもう一つの足音が重なる。
警戒して動きを止めるが、彼女との急な鉢合わせから逃れることはできなかった。
律だ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!