大学を卒業したらどうしたいかと、前に一度桃也に聞いたことがある。
『俺みたいな人間を増やしたくないって思う。だから、そうならない為に何かできたら……そんな仕事がしたい』
彼の言葉を、京子は『バスクや犯罪によって家族を失ってしまう子供を増やしたくない』だと解釈していた。けれど能力者の彼がキーダーを選んだことで、そうではないことを理解した。
彼はバスクに後悔させたくないと思っているのだ。意思を逆らった暴走で大切な人を失わないように──。
ヒールからスニーカーへ履き替えて、趙馬刀を腰に差した。最後に足首の包帯を確認して部屋を出た所で、天井の向こうに激しい気配に気付く。
「屋上か?」
再び戦闘が始まったようだ。
一瞬遅れてドンという強い衝撃があり、ガタガタと壁が軋む。
京子は階段の途中で体勢を崩し、壁と桃也に挟まれるようにしゃがみ込んだ。
「落ちるなよ」
手摺を握る桃也の腕が力強く京子を支えた。揺れはすぐに収まったが、天井に蠢く気配は更に強まっていく。
「外に出よう」
正面入口まで行くと、扉の内側を護る二人の護兵の真ん中でマサが京子を仁王立ちで待ち構えた。
敬礼する護兵たちは窓から落下した顔ぶれとは別だ。
「マサさん、さっきの屋上だよね?」
マサは司令室で上官たちの質問攻めにあっていると思ったが、予想以上に早く解放されたようだ。
「あぁ。お前も外に出れるか?」
「出るつもりで来たんだよ」
「なら頼むぞ」
「オジサンたちに何か言われた?」
「まぁな。けど俺はまだアルガスに必要とされてるみたいだ」
マサの表情が心なしか嬉しそうに見えて、京子は「了解」と安堵した。
「この建物なんて壊しちまっていいからな? これ以上被害を外へ出さない努力をしろよ」
最初の鉄柱を外に出してしまった事を申し訳なく思う。
「さっきは、ごめんなさい」
「やっちまったもんは仕方ねぇよ。その為の避難だろ? あと、桃也は下に潜ってろ」
「はあっ? 何でだよ」
マサの指示に、桃也は声を荒げた。
「怪我した京子を行かせて、俺に下がれっていうのか?」
「今のお前なんて、ただの足手纏いだ。そんな奴が居たら、京子だって心が乱れるだろう?」
「俺だって戦える。ここで逃げたら、何の為にヘリ飛ばしてもらったのか判らねぇよ」
強く訴える桃也に、マサは冷静に「違うぞ」と首を振った。
「京子を泣かせるなって言ってんだ」
「そんなつもりは、これっぽっちもねぇよ」
衝動を抑え付けるように桃也は自分の拳をきつく握り、京子を見下ろす。
問い掛けるような彼の視線に、京子は唇を噛み目を逸らした。
桃也をこの扉の向こうに行かせたくはない気持ちは、マサの言う通りだ。
けれど。
彼の意思を虐げる事はただの私情に過ぎないのではないか。
もし彼が恋人でなかったら、自分はどう答えを出すだろう。
「京子はどうしたい?」
マサに問われて俯くと、再び天井がミシリと鳴った。
屋上には綾斗がいる。彼はまだ高校生だ。大舎卿だって、ベテランとはいえ忠雄よりも年上なのだ。
「ねぇ……桃也は今、何ができるの? 趙馬刀に刃を付けることは?」
「できる。光を飛ばしたりするのはまだうまく出来ねぇけど、それ以外なら一通りやれる」
「……そう。じゃあ、頼ってもいいかな」
「京子……いいのか?」
困惑するマサに、京子は小さく笑ってみせる。桃也の気持ちを受け入れる事も彼を好きだと言う覚悟なのかもしれない。
彼が選ぶ道を一人のキーダーとして応援していきたいと思う。
「お前等、カッコつけるなよな。本当なら俺が一番戦いたいんだからな? けどやるって決めたなら思い切りいけよ? 溜め込んだ想いを俺の分まで晴らしてきてくれ」
呆れ顔のマサに、京子と桃也が「了解」と声を合わせた。
力を失いトールとなったマサが桃也へ装備を全て譲った覚悟を、しっかりと受け止める。
「護武運を」と再び敬礼する護兵に見送られ、京子と桃也は外へ出た。
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