アルガスからそう離れていない倉庫街を指定したのはガイアだという。奴は今、朱羽との戦闘中だろうか。
その連絡をしてきた彼がここに来るだろう事は、龍之介も予想していなかった訳じゃない。ただ、会いたくなかったのは事実だ。
「銀次……」
「やっと会えたな」
いざ目の前に現れた彼を見て、龍之介は眉を顰めた。
キーダーになりたかったノーマルの銀次は、炎を前に臆することなくいつもの調子で穏やかに笑う。しかしさっき聞きそびれた質問の答えを示すかのように、顔色が良くなかった。
「お前まさか、シェイラの口車に乗って変な薬飲んだとか言うんじゃないだろうな?」
「何だ、知ってたのか。もしかしてリュウも誘われた?」
「誘われたからって、普通あんなの飲まないだろ?」
「俺は飲んだよ」
あっさりと認める銀次は、驚愕する龍之介に苦笑する。
「能力者になれる薬があるなら俺は飲むって、前から言ってたじゃないか。まさか本当に叶うなんて思ってなかったけどな」
心のどこかでまさかという思いがあったのに、事は既に深刻だ。
「薬だなんて怪しいと思わないのか? 死ぬかもって考えねぇのかよ!」
銀次のひょうひょうとした態度にカッとして、声がどんどん大きくなってしまう。
けれど銀次は感情の温度差を煩わしそうにするばかりだ。
「リスクはあるだろうと思ったよ。けど、飲まない理由なんて思いつかなかった。だから俺は自分の責任で、あえてそれを受け入れる選択をしたんだ」
「何でだよ!」
「リュウだってノーマルなのにこんな所に居るじゃないか。それってリスクを承知で付いてきたんだろ? 同じ事だよ」
「同じ……なのか? けど俺はお前とは違う。お前はどうしてそっちに居るんだよ。キーダーになりたかったお前が、キーダーを敵に回す気か?」
「ノーマルの俺が幾ら頑張ったところで、キーダーになんかなれるわけないだろ?」
虚ろな目で笑う銀次に、龍之介はその胸ぐらを掴み掛かった。
「ふざけんな!」
「お前等、ちょっと待てよ!」
ヒートアップする龍之介を修司が力ずくで剥がす。龍之介を背中に庇うように前へ出て、「やめろ」と二人に注意した。
一度趙馬刀をしまったのは、対話を求めるサインだ。
「銀次だっけ? アンタ本当に薬で力が使えるようになったのか?」
銀次は訝し気に覗き込んだ修司の手首を確認した。
「それは俺も聞きたいですね。キーダーの貴方には俺がどう見えますか?」
「どう見える、って。具合悪そうな病人が、無理して立っているように見えるけど?」
銀次の左手は、ずっと胸の前に当てがわれている。自信あり気な態度の割に覇気が薄いのも事実だ。
シェイラの敷いたオイルの上を燃やす炎が、そんな彼を不気味に照らしつける。
あの時シェイラの誘いに乗らず本当に良かったと龍之介は思った。けれど、ターゲットは誰でも良かったのだろうか。
朦朧とする銀次が額に手をあてがう様子に、龍之介は不安を覚える。
「銀次、本当に平気なのか? そんな身体でお前は今、何をしようってんだよ」
「どんな薬だって副作用くらいあるよ。この程度で済むんなら御の字だ。俺は力を手に入れたんだぜ?」
「馬鹿野郎! ガイアたちと一緒に牢屋に入る気かよ。お前ならキーダー以外の何にだってなれるかもしれないのに。今まで努力してきたことを無駄にするんじゃねぇよ」
「キーダー以外なんて、何になったって同じなんだよ。もういいんだ、これは俺が決めたことだ。薬を飲んだからには、それに見合った仕事をしなきゃならない。リュウ、たとえお前でも邪魔するなら敵だと思うからな」
「ふざけるな。仕事、って。バイトみたいに言うなよ。違うだろ?」
勢いのまま再び銀次へ飛びかかろうとした龍之介の腕を、修司が横から掴む。
「やめろ龍之介。コイツお前の説得なんて聞く気ねぇだろ。俺たちと戦う気まんまんじゃねぇか。だったら、俺にやらせろ」
「コイツは俺の友達なんです。だから俺が説得しなきゃいけないんです!」
「言葉で言って聞くのかよ。コイツの言ってる事、マジだぜ? 力の気配をさせてやがる」
「そんな──」
銀次を見つめる修司の横顔が強張っている。
能力者同士は、お互いの気配を感じ取ることができるという。もちろんノーマルの龍之介にはさっぱりわからない。
「全く、どうなってんだよ」
「キーダーと戦えるなんて、光栄です」
銀次は押さえていた胸から手を放して、痛みを逃すように大きく息を吐き出した。
「貴方たちを呼び出す事、ここで足止めすることが、薬を飲んだ条件ですから」
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