気絶したように意識を失って、少しだけ眠ることができた。
二日酔いの胸やけのような症状にハッと意識が引き戻されるが、スッキリと目を開くことはできない。
微睡んだ意識の中で、今そこに綾斗が居ればいいなと思った。
辛い時や怪我をした時、いつもさり気なく側に居てくれたのが彼だ。桃也が恋人だった頃はその好意を受け留めることはできなかったが、今ならとつい欲張ってしまう。
──『アイツは期待なんてしなくても、血相変えて飛び込んで来るだろうよ』
期待しすぎて辛くなるのは分かっているのに、都合の良い解釈をしても良いだろうか。
そんな貪欲さを戒めるように、頭が割れるような痛みに襲われる。
「痛ったぁい」
「京子さん?」
すぐ側からの聞き慣れた声に驚いて、呼吸を忘れそうになる。
丸めた背中に、彼の掌が触れた。じんわりと温かい。
「……綾斗が居たらいいなって思った」
彼はどうして先回りするようにそこに居てくれるのだろうか。
目を開くと、不安気な顔が京子を伺っている。
頭痛を振り切って起き上がり、京子は屈んだ綾斗の胸にしがみ付いた。
「さっき来たばっかりだよ。颯太さんと仕事だって言うから何だろうって思ったけど、まさか地下に行くとはね。まだ辛いだろうから休んでて」
綾斗が京子を抱き締める。
「颯太さんに隣のベッド使っていいって言って貰ったから、今夜はここに居ようと思うんだけど、構わない?」
「うん。ありがと」
しかし抱き合ったままの『まったりモード』とはいかず、少しの会話が吐き気を誘う。
胃酸が上がって来るのが分かって慌てて口を押さえると、綾斗は体勢を変えてベッドの端に浅く腰を下ろした。
京子の背中をさすりながら、反対の手で枕元の洗面器を引き寄せる。
「吐いてもいいよ。動けるならトイレでもいいけど」
「恥ずかしいよ。一人で行ける」
一度出してしまえば、少しは楽になるだろうか。
恋人の前で吐くなんてシチュエーションは避けたいと思うのに、綾斗は「今更」と笑うばかりだ。
「酔っぱらった京子さんの事、俺は何度も介抱してるけど? 覚えてない?」
「そうだ……覚えてる」
確かに今更だ。記憶の底の方にそんなシーンがこびり付いている。
けれど、改めてどうぞと言われると躊躇ってしまう。
「そんな顔しなくて良いから。我慢してぶちまけるつもりなら覚悟するけど」
「ごめん……けど、洗面器はヤダ」
「分かった」
彼に腕を借りてトイレまで移動し、少しだけ吐き出した。それでもまだ全快には程遠い。
部屋に戻って口をゆすいでから再び横になると、今度は少し寒気がして布団を首まで持ち上げる。
「こんなに辛いと思わなかった。出掛けられなくてごめんね」
今日の夜は綾斗と久しぶりに飲みに行く予定だった。
少しぐらいの不調なら強行突破を考えていたのに、もうこの部屋から出れる気もしない。
「いつでも行けるでしょ? それと、もし元気になったら今度の日曜に付き合って貰いたい場所があるんだけど」
布団にそっと手を乗せて、綾斗が一つの提案をする。
「それって、デートってこと?」
「そういうこと」
吐き気と頭痛でぼんやりとした頭がスッと目覚めた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!