客間だと言われた障子戸の向こうに現れたのは、旅館の一室を思わせるような整然とした和室だった。
最初にその光景を目にした綾斗が「ちょっ」と絶句する。10畳はあると思われるその広い部屋に布団が敷かれていて、何故か枕が二つ並んでいたのだ。
「兄さんの仕業だな……」
どうやら渚央の陰謀らしい。
ここ数日綾斗とはずっと同じ部屋で寝ていたが、流石に同じ布団でと言う訳には行かない。しかもここは彼の実家だ。
彼が家族に何と説明しているかは知らないが、今の状況は仕事上の先輩後輩に過ぎない。
「心配しなくて良いですよ。俺、自分の部屋で寝るんで」
「うん──って、ちょっと待って綾斗」
布団のインパクトが強すぎてそれ以外目に入っていなかったが、京子は大きな問題に気付く。
むしろ彼をここに留めておきたい理由が、すぐそこで薄ら笑いをたたえながら鎮座していたのだ。
「あぁ──」
きまりの悪そうな綾斗に、さっきの渚央との会話の理由が確信できた。
太い柱に支えられた広い床の間には、やたら暗い墨絵の掛け軸が掛かっていて、その前に黒髪の日本人形が飾られている。
大きなものではないが、妙なリアルさに「ヒィ」と思わず恐怖が漏れた。
「ごめん」
「やっぱり怖いですよね、失念してました。昔はもっとあったんですけど」
真っ赤な着物を着た人形は口元が笑っているように見えるのに、開き切った目に意思は見えない。他に何もない部屋が彼女を引き立たせ、掛け軸に日本人形という恐怖テレビさながらの光景に、京子は背筋を震わせた。
「お婆さんの趣味だって言ってたよね? ずっとあるものなの?」
「そうですね。亡くなって暫く経つんですけど、人形って捨てるの結構大変で。風水だかの関係で、これだけは動かせないって言うんですよ」
「じゃあ……仕方ないよね」
風水と言われてしまうと移動させる訳にもいかないが、彼女に見つめられながら一晩を過ごすと思うと恐怖心が増してくる。
「や、やっぱり綾斗の部屋に行こうかな……」
「本気ですか? シングルで一緒に寝ます?」
もうそれでもいいかもしれないというヤケな気持ちと、そんなことできるわけないという冷静な気持ちが頭の中で入り乱れる。
「ど、どうしよう」
「京子さんが嫌じゃないなら、寝るまで酒でも飲みます?」
「そうだね、そうしよっか」
それが一番の解決策なのかもしれない。アルコールさえ入れてしまえばすぐに寝れる気がする。
「とりあえず、ちょっと離そうか」
近すぎる枕に手を掛けて、京子は両端にずらした。くっついている枕を見ただけで、恐怖心とはまた別の動揺が込み上げてきたからだ。
広げた距離は、綾斗へ向けた警戒心じゃない。京子が平常心で居る為の距離だ。
「意識しすぎです……まぁ、しょうがないけど」
「だって」
既に綾斗を直視できない。だから、彼が今どんな顔をしているのか分からなかった。
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