「綾斗さん!」
想像もしていなかった彼の登場に、状況が好転したかのような錯覚が起きる。
しかしそれは一瞬の無駄な期待に過ぎなかった。
佳祐の背後にまた別の人影が入り込んで、彼の胸を背中から細い光で貫いたのだ。
京子の正面に血が弾けて、赤く染まった切っ先が目の前で制止する。
バシャリと頬に跳ねた雫は気味が悪い程に生温く、京子は息を詰まらせたまま手の甲を滑らせた。べったりと張り付くのは、濃い色の赤だ。
「ぐ……」
目を剝いた佳祐が立ったままの姿勢で身構えるが、そこから何かができる状態ではなかった。
京子は驚愕すらできないまま、彼の背後に目を向ける。佳祐の巨体と逆光でハッキリとは見えないが、そこに誰が居るのか予想はついた。
太陽の熱に立ち込める血の匂いに、覚えのある香水の匂いが混じっていたからだ。
「佳祐、ペラペラと喋るなよ」
久しぶりに聞いた声だ。彼も結局は能力者だったらしい。
佳祐は歯を食い縛って歯茎を剥き出しにするが、噛み合った歯が震えてガタガタと音を鳴らした。
「忍さん!」
今朝彰人に彼がホルスだと聞いてから、京子の頭の中で二度会った時の記憶が何度も繰り返されていた。
確信を持って呼び掛けると、能力で生成した刃を手放し佳祐の横へ姿を現す。
彼の登場に「あっ」と声を上げたのは、修司だ。
「東京駅で、京子さんと一緒だった奴……」
修司が駅で見掛けたという男が彼だという予想はしていた。
忍がこのタイミングで現れた理由は何だろうか。もしかしたらずっとこちらの様子を見張っていて、修司の感じた視線も彼だったかもしれない。
「京子、やっと会えたね」
今起きている事態を物ともせず、忍は冬に会った時と同じように清々しい程の笑顔をくれる。
けれどそれは雷の落ちる直前のような、弾ける光に遮られた。
波のように幾度と押し寄せる強い気配は、普段見せない彼の本来の威力だ。銀環をしたキーダーでは出せない域の熱量だ。
綾斗がバーサーカーだという事がバレる──? そんな事を考えると、案の定事情を知らない修司が「凄ぇ」と戸惑いさえ滲ませた。
振り落とされた光の攻撃を寸でで避けた忍は、佳祐の背後へ跳び退る。
「おっと──危な」
離れた位置に片足から着地して、忍はくるりと向きを修正した。
「君が急かすから、急いじゃっただろ? もう少し粘るつもりだったのに」
綾斗は「下がって」と京子の正面に入り込む。
「綾斗、気を付けて」
「分かってる」
挑戦的な目で綾斗は敵を睨んだ。
一方で佳祐が悲痛な呻き声を響かせる。胸を貫いたままの刃が溶けるように霧散し、枷を失ったように巨体が地面へ崩れた。
状況は最悪だった。
戦闘態勢の綾斗に対し、忍は「マジかよ」と愉悦を返したのだ。
「君、もしかしてヒデと一緒? バーサーカなの?」
恍惚とした目が、冷ややかに綾斗を見据えていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!