「助けて……」
戦いのフィールドと中立地帯の境界線を跨ぐように倒れた男が誰なのか、龍之介はすぐに気付くことが出来なかった。聞き覚えのある声に一度立ち止まって、恐る恐る近付いていく。
キーダーでも施設員の制服でもなく、長袖のシャツにジーパンというありふれた格好の彼は、明らかに敵側だろう。
頬をべったりと地面に貼りつけた横顔は、草に隠れて良く見えなかった。
「大丈夫……ですか?」
「うぅ……」
こういう時、どうするべきなのだろうか。上手く会話が出来ず、怪我の状態も良く分からない。
もし本当に敵ならば、薬で能力を得ていると考えるのが妥当だ。
倒れたフリをして攻撃してくるかもしれない──警戒しながら、龍之介はスマホのライトを照らして男の顔を覗きこむ。
「──あれ、お前もしかして長谷川?」
「え?」
閉じていた瞼が眩しさに震え、薄く目を開いた顔に確信する。クラスメイトの長谷川だ。
数日前から学校に来ておらず、銀次が日直をやらされたと文句を言っていた。
「俺だよ、相葉龍之介」
「相葉?」
虚ろな顔でぼんやりと見上げ、長谷川はハッと目を剥いた。
「そうだよ。お前、こんなトコで何やってんの? 中で戦ってたのか?」
「…………」
「おい」
そうだろうとは思っているが、返事がないのは当たりという事なのだろう。
大して仲が良い訳じゃないが、身近な人間が敵に混ざっているという事に愕然としてしまう。
「何でホルスの仲間になんてなるんだよ。薬飲んだって事だろ? 死ぬつもりか?」
「死のうなんて思ってないよ。ほ、ホルスって何だよ」
「そんな事も分かんないでここに居るのかよ!」
呆れてものが言えないというのはこの事だとしみじみ思う。敵はそんな奴ばかりなのか。
少し話せるようになった長谷川は、地面に身体を伏せたまま続けた。
「能力者になれる薬をくれるって言うから来たんだよ。キーダーと戦わされるなんて知らなかったんだ」
「やられたのか?」
「雨みたいに光が降って来て、腹に当たって……くぅっ」
「腹?」
長谷川は悲痛な声を上げて背中を丸める。
患部は見えないが、重症なのだろうか。彼が敵側の人間であることに変わりはないが、見捨てる事も出来ず、龍之介はスマホを手早く操作した。
状況を伝えると、颯太が『待ってろよ』と言って白衣姿で駆け付ける。
「お前、銀次が言ってた奴だな?」
「銀次……小出のことか?」
「そうだよ」と龍之介が答えると、颯太は「ふん」と鼻を鳴らして長谷川を仰向けに転がす。
「この間医務室でテレビ見てたら、失踪者が複数出てるってニュースやってたんだよ。そん時にアイツがクラスにも居なくなった奴が居るって話してな。とりあえず動かすぞ」
颯太は腹の傷を確認して、長谷川の背中に手を差し込んだ。
土だらけのシャツには所々血が滲んでいるが、龍之介にはそれが大きな傷に見えない。颯太も「かすり傷だ」と言って一気に境界線の内側へ引きずり込んだ。
「今のが痛くないなら骨も大丈夫だろ。それより薬飲んだよな? 解毒剤はねぇのか?」
「解毒剤……」
その言葉に長谷川の顔がみるみると青ざめて、颯太が「どうした?」と眉を顰めた。
「能力の薬は毒が強いんだ。ホルスは解毒剤を持ってる筈だぜ?」
「それが、もう……ないんですよ」
解毒剤は、忍が全て灰にしたという。
「ふざけんなよ」と吐いた颯太の声が、急に吹いた風に掻き消された。
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