「7年前──大晦日の白雪よりも後。今アルガスに収監されている安藤律の暴走を防いで、彼は命を落としてしまったの」
ホルスがバスクの力を欲していたのは、もう10年以上も前からの話だ。
加賀の力に目を付けて、律の恋人だった高橋が声を掛けたらしい。
二人は戦闘になって、ノーマルの高橋が命を落とした。そこで精神的なダメージを受けた律が暴走を起こしそうになり、加賀が身体を張って止めたのだという。
「だったらヤッさんはその時バスクだったって事か」
「どうやって銀環を外したのかは知らないけど、物理的に壊すことは不可能じゃないから。加賀さんがアルガスを出るきっかけになったのは、通常の任務だったって聞きます。大舎卿が出る程じゃないって理由で、加賀さんが選ばれただけ。きちんと任務を終えた彼は、そのままアルガスに帰ってくる筈だった──」
「だった?」
「けど、彼は戻らなかった。逃げ出したのよ」
その事実をアルガスは隠した。
まだ解放前の話だ。壁の外へ出た彼を不注意で逃がしてしまった事を他のキーダーに知られてしまったら、続く人が現れるだろうと恐れたのだ。だからアルガスで彼の話はトップシークレットとして扱われている。
「あんな葬式までして、生きてたって言うのか。空の棺桶はそういう意味だったのかよ、ふざけんな」
高く鳴り響く船の汽笛に重ねて、颯太が語尾を強める。
「7年前って言ったら、20年近く外で生きてたって事だろ? 俺は……何も知らなかったんだな」
「アルガスでも彼が亡くなった情報を得たのは、ここ数年の事なんです」
「そうか──教えてくれてありがとな」
颯太が声を震わせる。海に向いたその表情は夜の色で隠れているが、彼が泣いているのは分かった。
「颯太さん……」
「なぁ、抱きしめてもいい?」
「……駄目です」
そうしても構わないと思った。けれど、彼を受け留めることはできなかった。
「だったらそのままそこに居てくれると助かる。男が一人で泣いてたらおかしな奴だと思われちまうからな」
明るく振る舞う颯太に、朱羽は「はい」と返事した。
キーダーとしてアルガスに幽閉され解放とともに故郷へ戻った彼は、そこから実家の跡を継いで産婦人科医になったという。
義理の妹を病で亡くし、甥の修司を引き取った。そんな彼には弱音を吐き出せる相手が居たのだろうか。
暗い海に悲しみを吐き出す颯太へ手を伸ばし、触れる前に引き戻す。
それ以上何もすることが出来ず、朱羽は彼の横顔をそっと見守っていた。
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