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キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

237 リョージ

公開日時: 2024年7月6日(土) 08:29
文字数:1,092

しのぶさん!」


 その街へ電車を降りて10秒も経たぬ間に、声を掛けられた。

 まだ10代も半ばの少年だ。掛けていた丸いサングラスを上へずらして、頭をかしぐように挨拶する。

 夜に行くと連絡しておいたが、いつからここで待機していたのだろうか。うつろな目を爛々らんらんと見開いて、期待いっぱいの顔で駆け寄って来た。


 東京でも指折りの繁華街は、陽が落ちると同時に空気を変える。昼にも増してごった返す人間たちの殆どは外から来た人間だ。

 家に居場所がなく、学校へも行かず、この街へと吸い込まれて来る。同じ境遇の人間と群れる事でホッとしてしまう気持ちは、嫌気がさす程共感できた。


 暫く前にこの街へ来て、忍は彼と出会った。親しみのある音で「リョージ」と呼ぶ。


「どう、見つかった?」

「はい、勿論ですよ」


 リョージは得意気に答えて、右手でつまんだサングラスを上下にクイと動かす。

 彼と話を始めた時から、幾つもの視線が周りから向けられている事に気付いた。10……いや、遠くまで含めると30はあるかもしれない。


「こりゃあいいね。君、才能あるよ。ありがとう」


 忍は屈託のない笑顔で礼を言い、ジャケットの内ポケットから取り出した現金の束をそのままリョージの手に掴ませた。

 一瞬触れた手から、興奮とほんの僅かな力の気配が伝わって来る。もう大分効力は消えてしまったが、解毒剤なしでも問題はないようだ。

 最初に薬を飲ませた男は1錠で拒否反応を示したと聞いている。つい最近まで実験していた男は、3錠目までは良かったが4錠目で泡を吹いた。その間にも何人か試してはいるが、個人差はあるのかもしれない。


「次に呼ぶ時は、前言った通りに頼むからね」

「任せて下さい!」

 

 眠らないこの街でこまを探すのは容易い。金と薬をチラつかせれば、幾らでも人は集まる。どんなリスクを背負ってでも這い上がりたいと願う人間ばかりだ。


 忍はもう用事は済んだと言わんばかりにきびすを返すが、じっとりとしたリョージの目がそれを許してはくれなかった。


「約束は守って下さいね?」

「2錠目でもう中毒かよ」


 ニヤリと笑う忍に、リョージは「俺、何でもしますから」と笑顔ですがる。

 忍は「分かってるよ」と彼の肩を叩いた。あまりもてあそぶと、ここで戦闘になりかねない。

 本番までなるべく騒ぎは起こしたくなかった。

 忍は札束と共にしまってあった一錠の薬をリョージに渡す。元々、そうするつもりだった。


「次もあげるからね」

「ありがとうございます!」


 前の薬を渡した後、この街の近くで強盗事件が起きた。犯人はまだ捕まっていない。

 今日もまた事件は起こるだろう。

 

「捕まるなよ」


 そう言い置いて、忍は駅へと折り返す。

 リョージはもう人ごみの奥へと消えていた。





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