「忍さん!」
その街へ電車を降りて10秒も経たぬ間に、声を掛けられた。
まだ10代も半ばの少年だ。掛けていた丸いサングラスを上へずらして、頭を傾ぐように挨拶する。
夜に行くと連絡しておいたが、いつからここで待機していたのだろうか。虚ろな目を爛々と見開いて、期待いっぱいの顔で駆け寄って来た。
東京でも指折りの繁華街は、陽が落ちると同時に空気を変える。昼にも増してごった返す人間たちの殆どは外から来た人間だ。
家に居場所がなく、学校へも行かず、この街へと吸い込まれて来る。同じ境遇の人間と群れる事でホッとしてしまう気持ちは、嫌気がさす程共感できた。
暫く前にこの街へ来て、忍は彼と出会った。親しみのある音で「リョージ」と呼ぶ。
「どう、見つかった?」
「はい、勿論ですよ」
リョージは得意気に答えて、右手でつまんだサングラスを上下にクイと動かす。
彼と話を始めた時から、幾つもの視線が周りから向けられている事に気付いた。10……いや、遠くまで含めると30はあるかもしれない。
「こりゃあいいね。君、才能あるよ。ありがとう」
忍は屈託のない笑顔で礼を言い、ジャケットの内ポケットから取り出した現金の束をそのままリョージの手に掴ませた。
一瞬触れた手から、興奮とほんの僅かな力の気配が伝わって来る。もう大分効力は消えてしまったが、解毒剤なしでも問題はないようだ。
最初に薬を飲ませた男は1錠で拒否反応を示したと聞いている。つい最近まで実験していた男は、3錠目までは良かったが4錠目で泡を吹いた。その間にも何人か試してはいるが、個人差はあるのかもしれない。
「次に呼ぶ時は、前言った通りに頼むからね」
「任せて下さい!」
眠らないこの街で駒を探すのは容易い。金と薬をチラつかせれば、幾らでも人は集まる。どんなリスクを背負ってでも這い上がりたいと願う人間ばかりだ。
忍はもう用事は済んだと言わんばかりに踵を返すが、じっとりとしたリョージの目がそれを許してはくれなかった。
「約束は守って下さいね?」
「2錠目でもう中毒かよ」
ニヤリと笑う忍に、リョージは「俺、何でもしますから」と笑顔で縋る。
忍は「分かってるよ」と彼の肩を叩いた。あまり弄ぶと、ここで戦闘になりかねない。
本番までなるべく騒ぎは起こしたくなかった。
忍は札束と共にしまってあった一錠の薬をリョージに渡す。元々、そうするつもりだった。
「次もあげるからね」
「ありがとうございます!」
前の薬を渡した後、この街の近くで強盗事件が起きた。犯人はまだ捕まっていない。
今日もまた事件は起こるだろう。
「捕まるなよ」
そう言い置いて、忍は駅へと折り返す。
リョージはもう人ごみの奥へと消えていた。
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