暇を持て余した久志が、倉庫にあった壊れた振り子時計を直したという。そんな話を耳にしたのは、昼過ぎの事だ。
技術部で一時間ごとに鳴る金の音が6回目で制止したすぐ後、綾斗は屋上のフェンスを掴んでいた両手にぐっと力を込め、建物の外側へと身を乗り出した。
「綾斗さん!」
横に居た美弦も「うわっ」と驚愕のままに声を上げるが、後ろに待機する施設員たちはこの気配を感じる事なく、二人の声に驚くばかりだ。
「始まったな」
観覧車の真上に一瞬光ったのは開戦の合図だろうか。光を目視できたものの、それ以上は何もない。
海を挟んだ向こうにせり出て見える東京湾の一角は、半年ぶりの光を照らしていた。
銀環の抑制が無くなったせいか、この距離でも何となく向こうの様子を感じられる。それが6時の鐘が鳴り終わるとともに、美弦にもハッキリと感じ取れるレベルにまで膨張した。
「これって、かなり多いんじゃないですか?」
「かなりなんてものじゃないかもしれないね」
「私ここに残るんで、綾斗さんは向こうに──」
気を急ぐ美弦に、綾斗は「いや」と首を振る。
「そうしたい気持ちもあるけど、桃也さんが言ったように、ここが安全とも限らない。だからもう少しここに居させて。修司だって、俺は十分に強いと思ってるよ」
「…………」
「大舎卿やマサさんだって向かってるんだ、何かあったら要請が掛かるから。それまではここを守る事が仕事だよ」
ヘリが発ってすぐ、施設員のバスに便乗してキーダーの二人が現地へ向かった。それで足りる相手だと思いたいが、向こうに修司がいるせいで美弦の心配は尽きない。
そわそわと落ち着かない彼女の不安が移りそうになって、綾斗も深呼吸する。冷静さを失いそうになっているのは同じだ。
「もう少し経てばコージさんも戻って来るだろうし、それからでいいよ」
桃也から判断は任せると言われている。こんな早くから向こうへ行って、無駄に体力を消費させたくない。
「美弦は少し休んでて。あんまり寝てないんだろ?」
「……じゃあ、30分経ったら交代させて下さい」
「オッケー」
不本意だと言わんばかりに押し黙って、美弦は「分かりました」と折れた。
ぺこりと頭を下げて屋上を後にする彼女と入れ替わりに、久志が白衣を秋風にはためかせながら現れる。顔を叩く髪を耳に掛けて、小さく笑顔を見せた。
「僕も向こうに行こうと思って、それを伝えに来たよ。技術部兼任って事でいい?」
「構いませんよ、気を付けて」
「綾斗もね。それと、九州の件聞いたよ。答えは決まってるの?」
突然の話題に、綾斗は「えっ」と眉をしかめる。誰に聞いたのか想像は付く。
今それには触れて欲しくないと思いながら、「はい」と答えた。
『九州の件』というのは、この間長官の誠に言われた事だ。
──『今回の事が落ち着いたら、九州へ行かないか?』
九州支部への異動命令だった。
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