空港で告白されてから、ずっと彼を意識してきた。
多分、今回北陸へ来るよりも前から綾斗の事を好きになっていたんだと思う。踏み切ることが出来なかったのは、心の隅で桃也への気持ちがほんの少し蟠っていたからだ。
けれど、やっと気持ちを切り替えることができたと思った。
すっかり夜の空気に包まれた客間は、昼間とは別の色を漂わせている。
改めて見る日本人形は部屋の明かりで目元を影で黒く染め、別の顔にさえ見えた。障子に透ける夜の色と相まって恐怖心を増長させ、京子はピリと緊張を走らせる。
電気を消したこの部屋に一人で寝るなど、想像もしたくもなかった。
綾斗は今風呂に入っていて、ピアノの音もしない。
「綾斗……」
静まり返った部屋で京子は風呂上がりのルーティンを済ませ、人形の見える位置で壁の端にぴったりと体育座りして彼を待った。
この部屋で彼に気持ちを伝えるべきだろうか──そう迷いつつも、心は決まっている。
やよいが死んでその真相も掴めていない今、キーダーとして考えなければならない事は幾らでもあるが、いつ何が起こるか分からない時だからこそ後悔する前に伝えておきたいと思った。
けれどそんな覚悟を消極的にさせるのは、中央に敷かれた枕の二つ並んだ布団だ。もしここで告白してしまったら、箍が外れてしまわないだろうか。
ここは綾斗の実家だ。
大人は状況に応じて、欲望を自重しなければならない時がある。
「変なこと考えちゃ駄目!」
自分に厳しく言い聞かせると、程なくして綾斗が酒瓶を乗せたトレイを手に現れた。
「お、お帰りなさい」
「冷蔵庫漁って来たんですけど、あんまりお酒なくて。普段なら貰い物とか飲みきれないくらい並んでるのに。まぁ、これかなってのを選んで来ました」
「ありがとう」
京子は人に言えないような妄想を『えい』と頭から弾き出して、平静を装った。
綾斗は京子の横に腰を下ろして、黒いラベルの貼られた酒瓶を向ける。福井の地酒らしい。
いつもならテンションを上げるところなのに綾斗の横顔ばかり気になってしまうのは、湿った髪がボリュームを落として、彼の雰囲気がいつもと違って見えるからだ。
綾斗も流石に京子の動揺に気付いて、顔を覗き込んでくる。逆効果だ。
「のぼせました?」
「ううん、そうじゃないの」
この緊張を日本酒で流してしまえば──と頭の中を良からぬ提案が駆け抜けたが、アルコールの力など借りたら、気持ちの半分が偽物になってしまう気がした。
「綾斗……」
綾斗はキャップを緩めた瓶を一度トレイに戻して、座ったまま京子に身体を向けた。
「どうかしたんですか? 顔赤いですよ」
「本当に……どうかしてると思う」
「え?」
綾斗はきょとんと首を傾げる。
彼の気持ちは分かっているのに、いざ自分の言葉を伝えようとすると、うまく声が出てこない。
けれど、彼は何年もずっと待ってくれたのだ。
待つことの辛さを、京子は知っているつもりだ。だから──
「私は綾斗が好きだよ」
一息で想いを告げた。
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