ついさっきまでオンラインで話していた彰人が突然空からやってきた。
「彰人くんが来るなんて思わなかったよ」
「言ってなかったからね」
彰人は悪戯っぽくはにかんで、修司の横に持参したパソコンを並べる。三対三で並んだ席の配置で、彼は京子から対角の一番遠い席だ。
程なくしてモニターには彰人の顔が戻り、『OK』とイヤホンに声が届く。
お久しぶりという個々の挨拶も手短に済ませた所で、桃也が会議へと流れを戻した。
『じゃあ続きな。彰人が言ったように、被害を最小限に食い止めるのは最優先。色々難しいところもあると思うけど、それを踏まえての訓練を頼みます。避難についても護兵を中心に詰めて貰ってるから』
「了解」
バラバラに返事した声が塊となって部屋に響いた。
桃也はそこから細かい話を進めてく。
緊急応援のヘリポート確保や、市街戦になった時のキーダーの配置など一つずつメンバーの認識をすり合わせて行く。もし戦場が外になった場合は、待機組を本部に残して戦力を分散させるというのが彼の意見だ。
「向こうはトールをどれだけ確保できると思う?」
試すような口ぶりで彰人が問いかけると、『そこだよな』と桃也が唸った。ザッと捲った紙の音を鳴らして、カメラ目線で話をする。
『配ってた資料見てくれ。ホルスに加担するトールが居るとは考え難いけど、流石にゼロって事はないだろ。元はノーマルだったって奴も居るだろうから、敵の数は多めに見積もっておいた方が良いんだろうな』
「あの薬はノーマルにも効くからね」
資料は前に朱羽から貰っていた内容と相違ない。現時点でトールだという名前が並んでいて、そのうちの半分はアルガスに収監されている罪人だ。
「だよね」と答えながら、京子はペンの頭をぎゅっと額に押し付けた。
銀次がそうしたように、ホルスの作った薬を飲むことで力を得たいと思うノーマルは幾らでもいるだろう。逆にトールを望んで力を消した元能力者が、ホルスに手を貸すだろうかという方が疑問だ。
「薬と解毒剤がどれだけあるのかは不明だけど、色々な状況を想定して颯太さんにも救護班として出て貰う予定で構わないね?」
『そのつもりだ』
彰人の意見に、桃也も同意する。
彰人は颯太の甥である修司を伺うように横から覗き込むが、修司はどこか上の空で「分かりました」と返事した。
「律のこと考えてるでしょ」
小声で言った彰人の声を、しっかりとマイクが拾う。ハッとした修司の顔は、どうやら図星だったらしい。
資料の中に『安藤律』の名前がある。今アルガスに収監されている彼女は、ホルスの幹部だった女だ。
バスクだった修司がアルガスでキーダーになったのは、任務で彼女に接触していた彰人がそこで彼と出会ったからだ。
美弦が明らかに不機嫌な顔をするが、修司は隠さず「はい」と小さく返事する。
『そこは考えてる。もしもがないとは限らないからな』
桃也の重々しい言葉に、修司が両手の汗を握り締めた。
☆
窓から見える空が夕方の色に変わった所で会議は終わり、終業とともに京子たち女子二人がアルガスを出て行った。
美弦が提案したホテルのディナーバイキングへ行くためだ。
会議の重い空気を引きずって「やめようか」と二人は二の足を踏んでいたが、「行ってくればいいよ」と綾斗が背中を押した。
いつ始まるか分からない戦いを前に、ずっと張り詰めたままいるのは精神的にも逆効果だと思ったからだ。
そして一人になったタイミングを狙って、綾斗は彰人へ声を掛ける。
「彰人さん、これから予定ありますか?」
九州から戻ってずっと考えていた事だ。
「今日はこのまま本部に泊まるつもりだけど? 何か相談事でもあった?」
そういう空気を漂わせていたのだろうか。
ストレートに真意を突かれて、綾斗は「お願いします」と頭を下げた。
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