上官への報告を手短に済ませ、朱羽は階段を下りていく。
今回の件でアルガスへ戻されるだろうと少し覚悟していたが、その話が出ることはなかった。ウィルを捕まえた時に京子へ手柄をなすり付けた事も、まだバレてはいないらしい。
「あぁけど、知ってたからって事もあり得るわね」
会話を整理して、ふとそんな考えに行き着く。
どちらにせよ、上にとってはあまり関心のない話題なのかもしれない。『誰が』ではなく、『キーダーがウィルを捕まえた』だけで満足なのだろう。朱羽にとっては好都合だが、実際上の人間が何を考えているかなんて、下の人間は分からないのだ。
──『君が思うように動いて構わないからね』
帰り際に言われたその言葉が妙に引っ掛かって、朱羽は地下へ降りた。
そこへ踏み込むのは久しぶりだ。半地下にある資料庫の前を通り、先にある階段をさらに深く下りた所に入口があって、奥に扉が三つ並んでいる。
朱羽の侵入を捕らえた監視カメラが、ジリと動く。
物々しい雰囲気は、地下という理由だけではない。照明の色や壁紙は他と大差ないが、かつての閉鎖されていた時代の名残か、どことなく染み付いた気配が漂っている。
一番奥の扉を塞ぐ護兵に「ご苦労様」と挨拶して、朱羽は覗き窓を一瞥した。
大柄な男だ。他に何人かいる護兵の中でも、戦闘力の高いメンバーがここを任されることが多い。
「少し外してもらえる?」
「分かりました」
青い制服の胸元に拳を叩くのは、彼にとって『了解』の合図らしい。男は素直に従って、その場を離れた。
改めて扉の奥を覗くと、仄暗い部屋に男の影が見える。食事中らしく、簡易な机でスープをすすっている所だった。
朱羽に気付いた影がぐらりと揺れて、その容姿が照明に映える。
男の髪は記憶のそれよりも短く刈られ、逆に無精髭が伸びていた。一瞬別人を思わせるが、振り向いた切れ長の目が、脳裏に張り付いた表情と重なる。
「ちょっといい?」
「はぁ?」
男はスプーンを皿に打ちつけて立ち上がる。
「誰だ」と凄む態度は、収監中の罪人とは思えない程だ。
「私を覚えているかしら?」
男はのっそりと近付いて扉のすぐ手前で足を止めると「あぁ」と唸るように声を零した。
「忘れられない顔だな」
ニヤリと細めた目に生気を光らせて、ウィルは「久しぶりだな」と笑った。
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