同窓会がスタートして、乾杯のタイミングに彼が居なかったことに油断していた。
まさかの彰人登場に、京子は飲んでいたレモンサワーにむせってジョッキをドンとテーブルに放す。
「遅れてごめん」
部屋中の視線を一気に吸い付けて笑顔を振りまく彰人は、まさに『ヒーローは遅れてやってくる』を素でやってのけた。
「来た来た」と待ち構える陽菜は彰人と実家が近く、京子と知り合う前から彼の幼馴染だ。
「陽菜、もしかして彰人くんが来る事知ってたの?」
「うん。昨日メールして、今朝返事貰ったんだ。仕事忙しいから遅れるって。アンタには言わなかったけど?」
陽菜は何か企むように目を光らせ、「彰人」と彼を手招く。
京子は心の準備などできていなかった。朝、躊躇わずに彼へ連絡すれば良かったと後悔しか出てこない。
「ちょっと、陽菜」
「彼と別れたばっかなんだし、いいじゃん? 後輩くんとも付き合ってないんでしょ? 初心に帰ってみれば?」
「初心、って……」
この状況をどう切り抜ければ良いのか。
他の同級生どころか、陽菜も彰人がキーダーであることを知らない。この間彼にバレンタインの義理チョコを渡したことも言ってない。
京子と彰人の関係を『久しぶりに初恋の人に会った』としか思っていないだろう。
担任と幾らか言葉を交わした彼は、女子たちの歓声を浴びながら陽菜と京子の所にやって来た。
京子が『どうしよう』と心の叫びを目で訴えると、彼はニッコリと微笑んで陽菜の向こう側に腰を下ろす。陽菜に気付かれないタイミングで、そっと人差し指を自分の唇に当てた。『内緒』の合図だ。
京子は動揺を抑え付けながら浅く頷いて、再びレモンサワーを飲み始めた。けれど一度酔いかけた筈の頭がすっかり冷めている。
「彰人、何年ぶり? お父さんとも最近会わないけど、今どこいんの?」
「僕もあの人も仕事で色々飛び回ってるよ。陽菜とは高校の時以来かな、京子ちゃんとは前に東京で会ったよね?」
「う、うん。あの時はびっくりしたよね」
彰人の父親である浩一郎は、襲撃を起こした事とトールを偽った罪でアルガスに収監中だ。あの事件が起こる少し前に、まだバスクたった彰人が偶然を装って京子に近付いた。
「それじゃ、乾杯!」
京子の気苦労も知らずに、陽菜は陽気に二度目の乾杯コールを部屋中に響かせる。
「彰人、京子酔わせると大変なんだよ。気を付けな?」
「それは僕も見てみたいね」
「二人とも、そういう事言わないで」
彼がキーダーになってから酒の席で一緒だった事は何度かあるが、側に居た記憶はあまりなかった。そこで酔い潰れた記憶もない。だから今更醜態を晒す訳には行かなかった。
「京子、彼氏と別れたばっかりなんだって。慰めてやってよ」
「ちょっと、陽菜!」
酒のテンションで、陽菜の勢いは止まらない。
彰人も知らないフリをして、「そうなんだ」と惚ける始末だ。
「じゃあ、僕と二人でどっか行こうか?」
「だ、大丈夫。平気だから!」
「消えちゃっても良いんだよ? あぁけど、ここから彰人を持ち出すのは大分覚悟が居るかも」
他の女子の視線をチラ見して、陽菜が豪快に笑った。
彰人まで悪ノリしてきて、もう酔った勢いに任せたいと思うのに、幾ら飲んでも酔いが回ってはくれない。恐らく本能的に酔っちゃ駄目だと、頭が全身に信号を送っているのだろう。
久しぶりの地元ごはんと懐かしい話に華を咲かせて宴も終盤に迫った時、ラストオーダー手前で陽菜が突然「ごめんね」と立ち上がった。
「私そろそろ帰るから、残り楽しんで」
「もう帰るの?」
「ウチの仕事朝早いって言ってるでしょ? 私なかなか起きれないからさ」
陽菜の離脱は彰人との壁をぶち破られたも同然だった。急に見晴らしがよくなって、彰人が「近いね」と膝を京子へ向ける。
「仲良くするんだよ」
陽菜はそっと京子に耳打ちして、軽やかな足取りで部屋を出て行った。
「陽菜が居て良かったと思ってるでしょ」
「だって……」
彼女は去って行ったが、他のクラスメイト達の距離は近いままだ。『久しぶりに会った二人』というシチュエーションを変えることはできない。
今までは陽菜が中心で話題を振ってくれたが、ここから彼と何を話せばいいのか。
けれど、陽菜の抜けたスペースを他の女子が見逃す訳はなかった。むしろ今まで寄って来なかったのが不思議だが、どうやら陽菜の存在が無意識に彼女たちを牽制していたらしい。
「失礼しまぁす」
遠くの席に居た女子二人組が、一つの座布団にぎゅうと押し込むように入り込んできた。学生時代彰人を好きだった女子は多いが、彼女たちもその仲間だ。
彰人は「どうぞ」と笑顔で二人を迎える。昔のままの、『みんなに優しい彰人くん』だ。
四人での会話にホッと胸を撫で下ろして、京子はラストオーダーにホットの烏龍茶を頼んだ。
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