スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

310 帰りたいの──?

公開日時: 2024年11月29日(金) 08:47
文字数:1,120

 直前の戦いでできた壁の穴をくぐって、しのぶは松本と廃墟の中に入った。

 建物の表側へ出ようか考えて、すぐ側にあるバックヤードの非常階段を上って行く。特段主張している訳でもないが、足を踏み込む音がガンと大きくなった。


「さっきのオジサンは、ヒデと一緒にキーダーだった人?」

「そうだ。キーダーなんか辞めたいって言って出てった奴だよ。俺がトールにした筈なんだがな」

「どんな心境の変化だよ。どっからのか知らないけど、薬を使うならウチの味方してくれてもいいのにね」


 キーダーの少年と戦ってそろそろとどめをと思った時、突然割り込まれた。会話の様子だと少年の身内らしいが、それよりも松本がその男をかばった事が気に食わない。

 キーダーは後輩を守るもの──そんな事を言って、戦闘を中断させられたのだ。


「ヒデはもうキーダーじゃないんだよ?」

「だよな。何であんな事言ったんだろうな」


 反論でもしてくれれば言い返せるのに、松本はうれいを帯びた目を宙に漂わせ、ぼんやりと首を傾げてしまう。

 『帰りたいの──?』音のないその言葉を、今まで何度彼の背中に投げ掛けたか分からない。


「昔に戻ったつもり? 俺を置いていくなよ」

「懐かしい顔見て思い出しただけだよ。俺はキーダーに戻る気はないんだ」

「なら最後くらい俺のこと考えて死ねば?」

「勝手に殺すなよ」


 ふっと小さく笑う声が暗闇に響く。

 鈴木の家を出てから松本とずっと一緒だった。なのに彼はいつもどこか上の空で、心がアルガスへ行っている気がする。


「さぁ、そろそろ後半戦の始まりだよ」


 曇りガラスの向こうに暗い夜が見える。

 忍は重い鉄扉を押し開いて、屋上へと踏み込んだ。圧倒的だったホルスの戦力がキーダーの数に迫る程に減ってしまった。

 今ホルスとして戦っているのは、戦闘経験も何もない若者ばかりだ。


「少しはマシになるかな」


 忍はトントンと地面を蹴り「いいね」と呟いた。「何が?」という松本の問いには答えず、今度は海側を振り返り、暗い闇に動く影を見据える。

 しばらく前に呼び出したホルスの戦闘員たちがそこに待機している。ほとんどはノーマルだが、素人とは違う訓練された精鋭たちだ。


「いいのか? これで全部だぞ?」

「いいんだよ。俺はヒデが居てくれたらそれでいい。彼等に残ってもらう必要はないしね」


 悪い事をたくさんしてきた。

 ホルスの資金源が枯渇こかつしていたのは、人を増やすためだ。目的など関係ない、金さえあれば動く人間は幾らでもいる。


「大金はたいたんだから、頑張って貰うよ」


 ヒーローになれる薬で集められるのは、若い子たちだけだ。大人に同じことを言ったら警戒されてしまう。


「さぁ始めようか」


 忍が空へ向けて再び光を放つ。

 音のないその合図に続くのは、ドンと目の覚めるような太い銃声だった。








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