直前の戦いでできた壁の穴を潜って、忍は松本と廃墟の中に入った。
建物の表側へ出ようか考えて、すぐ側にあるバックヤードの非常階段を上って行く。特段主張している訳でもないが、足を踏み込む音がガンと大きくなった。
「さっきのオジサンは、ヒデと一緒にキーダーだった人?」
「そうだ。キーダーなんか辞めたいって言って出てった奴だよ。俺がトールにした筈なんだがな」
「どんな心境の変化だよ。どっからくすねたのか知らないけど、薬を使うならウチの味方してくれてもいいのにね」
キーダーの少年と戦ってそろそろとどめをと思った時、突然割り込まれた。会話の様子だと少年の身内らしいが、それよりも松本がその男を庇った事が気に食わない。
キーダーは後輩を守るもの──そんな事を言って、戦闘を中断させられたのだ。
「ヒデはもうキーダーじゃないんだよ?」
「だよな。何であんな事言ったんだろうな」
反論でもしてくれれば言い返せるのに、松本は愁いを帯びた目を宙に漂わせ、ぼんやりと首を傾げてしまう。
『帰りたいの──?』音のないその言葉を、今まで何度彼の背中に投げ掛けたか分からない。
「昔に戻ったつもり? 俺を置いていくなよ」
「懐かしい顔見て思い出しただけだよ。俺はキーダーに戻る気はないんだ」
「なら最後くらい俺のこと考えて死ねば?」
「勝手に殺すなよ」
ふっと小さく笑う声が暗闇に響く。
鈴木の家を出てから松本とずっと一緒だった。なのに彼はいつもどこか上の空で、心がアルガスへ行っている気がする。
「さぁ、そろそろ後半戦の始まりだよ」
曇りガラスの向こうに暗い夜が見える。
忍は重い鉄扉を押し開いて、屋上へと踏み込んだ。圧倒的だったホルスの戦力がキーダーの数に迫る程に減ってしまった。
今ホルスとして戦っているのは、戦闘経験も何もない若者ばかりだ。
「少しはマシになるかな」
忍はトントンと地面を蹴り「いいね」と呟いた。「何が?」という松本の問いには答えず、今度は海側を振り返り、暗い闇に動く影を見据える。
暫く前に呼び出したホルスの戦闘員たちがそこに待機している。殆どはノーマルだが、素人とは違う訓練された精鋭たちだ。
「いいのか? これで全部だぞ?」
「いいんだよ。俺はヒデが居てくれたらそれでいい。彼等に残ってもらう必要はないしね」
悪い事をたくさんしてきた。
ホルスの資金源が枯渇していたのは、人を増やすためだ。目的など関係ない、金さえあれば動く人間は幾らでもいる。
「大金はたいたんだから、頑張って貰うよ」
ヒーローになれる薬で集められるのは、若い子たちだけだ。大人に同じことを言ったら警戒されてしまう。
「さぁ始めようか」
忍が空へ向けて再び光を放つ。
音のないその合図に続くのは、ドンと目の覚めるような太い銃声だった。
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