広げた鞄に荷物を詰めて、最後にネックレスを持って行こうとクローゼットを覗いた時だ。棚の奥に何か光っている事に気付いて手を伸ばすと、桃也に貰った指輪があった。
去年の年末に彼と別れて、どうしようかと悩んだ末に保留だと置きっぱなしにしていたのだ。
「懐かしい。忘れてたよ」
変な時に出てきたら困ってしまう──なんて考えていた事がその通りになってしまい、京子は思わず苦笑する。
桃也と一緒に住んでいた頃、まだ彼がバスクだとさえ分からなかった時期に、誕生日のプレゼントだと言って渡されたものだ。
桃也は姉の形見だという指輪を肌身離さず付けていて、京子はいつもそれを気にしていた。実際は彼の能力を隠すために久志が作った銀環の代わりだったけれど、これを貰った時の嬉しかった気持ちは今もちゃんと覚えている。
別れたら処分するものだと分かっていた筈なのに、タイミングを逃して有耶無耶なままにしてしまった。あの時はまだ彼に未練があったのだと思う。
──『それ見て俺の事思い出してくれたら、少しは立ち止まって冷静になれるんじゃねぇかって』
この指輪には、そんな彼の想いが詰まっている。
確かに見たら思い出すけれど、失った気持ちを盛り返すような衝動は起きない。
今回、桃也と一緒の先発組に選ばれて、正直嫌だと思ってしまった。キーダーになって後ろ向きな気持ちになったのは初めてかもしれない。
「私はアンタを捨てようとしてるんだよ? それなのに背中押してくれるの?」
都合の良い解釈だなんて百も承知だ。
小さな指輪に語り掛けて、京子はスカートのポケットに指輪をそっとしまった。この戦いを終えた後に、何か良いシチュエーションでさよならが出来たらいいと思う。
「じゃあ、行こうか」
ポケットの上からその感触を確かめて、京子は部屋を後にした。
本部へ戻ってからも訓練は続き、夜の10時を過ぎるともうそれ以上瞼が開いていてはくれなかった。
ホルスの予告は7日という事で、もし0時を狙われてしまえば明日の夜中には戦いが始まってしまう。
ここからは少しでも体力を温存せねばと考えて、全員で本部に泊まった。
二人用のゲストルームを美弦と使う。
ベッドに入って照明を消すと、美弦が顔の半分まで布団を持ち上げて「京子さん」と呟いた。
「綾斗さんと同じ部屋じゃなくて良かったんですか?」
「仕事でしょ? 今一緒に居たら甘えちゃいそうな気がするから……あ、けど美弦は修司と一緒が良かった? 付き合わせちゃったかな?」
「い、いえ。そんな事ないです! それより──」
美弦は何か言いたげな様子だったが、暗闇とベッドの心地良さに睡魔が下りて来てしまう。
彼女が言い渋っている間に、京子の意識はそのまま夢の中へと飛んでしまった。
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