アルガスから目的地まで、ヘリの移動はあっという間だった。
太陽は地平線のギリギリにまで落ちて、町明かりがイルミネーションへと化していく。東京にあるシンボルタワーに混じった白銀の慰霊塔を横目に、京子はかつてのショッピングモールを覗き込んだ。
ついこの間見た時は海の黒と同化していたのに、まるで半年前にタイムスリップしたかのように観覧車を含めた一帯が眩い光に包まれている。
ただ流石にメンテナンスはされていないようで、所々の電球が抜けていた。
「ここなら幾らでも壊して良いって事なのかな?」
廃墟に遠慮はいらないだろうと意気込んでみたが、何度かプライベートで足を運んだ記憶が重なって、少し寂しい気分になってしまう。
「き、今日を見越した閉店ではないんだろうけど、ちょっと勿体ないですよね」
「そうだよね……って。そう言えば」
修司の声が震えている事に気付いて、京子は横の席を振り返った。
彼は案の定、胸元のベルトを必死に掴んでいる。
「大丈夫?」
「だ、だ、大丈夫ですよ!」
出発の時、血気盛んな感じに挨拶していた事ですっかり忘れていたが、修司は極度の高所恐怖症だ。単独の降下は数える程度の経験数だろう。
いつも落ち着いている彼の気配が不穏なリズムを刻んでいた。
背負ったパラシュートのベルトを何度も確認する様子に、「落ち着けよ」と桃也が最前列から声を掛けた。
「こ、これでも精一杯落ち着いているんですよ」
強がる修司に今更タンデムを提案する余裕もなく、京子は「頑張って」と肩を叩く。
そんな中、地上を見張っていた彰人が「いるよ」と強気な声を上げた。高度と暗さでその姿を確認することはできないが、能力の気配ははっきりと感じ取ることが出来る。それも一人二人じゃない。
ヘリが目的地の真上でホバリングを始める。
コクピットのコージから『ここで良い?』と確認が入って、桃也が『お願いします』と返事した。
扉が開く──防音装置がオフになり、起動音がダイレクトに機内へ雪崩れ込んで来た。
飛び降りの合図に、修司が全身を震わせる。
足元には観覧車の光が見えた。こんな時でもなければ『綺麗だ』と見入ってしまう程なのに、今楽しむ余裕はない。
「みんな気を付けろよ」
「桃也もね。じゃあ僕が先に行かせてもらおうかな」
彰人は余裕の顔で立ち上がり、あっさりと宙へ身を投げる。桃也も「行くぞ」と顔色一つ変えずに続いた。
赤黒いパラシュートが咲くのを確認して、京子は修司を伺う。
「次は修司だよ。頑張って」
「分かりました」
ここで迷う選択肢はない。
修司は「美弦」と腹の前で組んだ手に祈って、「行きます」と勢いのまま床を蹴った。
「うわぁぁあああ!」
甲高い悲鳴は一瞬で遠ざかって行く。
まだ訓練を始めた頃は、扉の端にしがみ付いたまま下りる決断がなかなかできなかった。あの頃からすれば、物凄い成長だ。京子は嬉しいと思った。
『京子、死ぬなよ』
「コージさん、ありがとうございます」
操縦席の彼に手を振って、京子は戦場へと飛び降りた。
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