湾岸地区へ通じる橋を、朱羽は龍之介と駆け足で渡って行く。
廃墟に隣接する別の商業施設も今回の事件で指示が回り、早々に今日の営業が終了したようだ。普段見るより照明が半分に落ちている。
橋の入口はすでに閉鎖されていて、車道を通る車も向こうから来るものばかりだ。橋は普段なら考えられない程に静かで、二人の足音が欄干の間に響いている。
道の先で戦いが起きているとは想像もできない程に、穏やかな夜だった。
全長1キロもない橋の真ん中に差し掛かった所で、背後から一台の車が近付いてくるのが分かった。プーと短いクラクションが鳴り、白い軽自動車がすぐ横に停車する。
「アルガスの……?」
ボディの横に貼りつけられたマークに気付いて、龍之介がハッと声を上げる。それがアルガスを示すものだと朱羽もすぐに分かった。
暗い車内を覗き込むと助手席のパワーウィンドゥが下がり、意外な人物が顔を覗かせる。
「朱羽ちゃん!」
「久志さん!」
白衣姿の久志が、嬉しそうに声を弾ませた。暫く会っていなかった彼は、記憶より大分伸びた髪のせいで少し印象が違って見えた。
「さすまたくんが見えたから、もしやと思ってね。向こうへ行くなら乗って行くと良いよ」
「ありがとうございます!」
朱羽は龍之介と声を合わせて、車道への柵をピョンと飛び越えた。
龍之介は「失礼します」と先に乗り込むが、さすまたの柄が入りきらず先端を窓の外へ出す。横に大分出てしまうが、『アルガスは治外法権』という言葉がこんな時役に立つ。
「ちゃんと持って来てくれるなんて光栄だよ。龍之介くんはマサの結婚式以来だよね?」
「はい、お久しぶりです」
「だよね」と笑って、久志は車を発進させた。
全開の窓から心地良い空気が入り込んで来る。
「朱羽ちゃんは戦う為に来たの? もしかしてアルガスに戻るつもりだった?」
「はい」
それは久志にとって冗談のつもりだったらしい。思わぬ返事に「えっ?」と仰天した声を上げる。
「本気……?」
「本気ですよ」
「…………」
短い沈黙に、言いたい事や聞きたい事の全てを凝縮させて、久志は「了解」とルームミラー越しに朱羽へ笑い掛けた。
8年のブランクを経ての始動は、誰に話してもきっと同じ反応をするだろう。
「やるからには全力で行きます」
「じゃあ、向こうに着いたら銀環の処理をさせて。朱羽ちゃんが思い切り戦えるようにね」
久志は張りきってアクセルを踏み込んだ。
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