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キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

275 8年越しの始動

公開日時: 2024年9月20日(金) 09:35
文字数:977

 湾岸地区へ通じる橋を、朱羽あげは龍之介りゅうのすけと駆け足で渡って行く。

 廃墟に隣接する別の商業施設も今回の事件で指示が回り、早々に今日の営業が終了したようだ。普段見るより照明が半分に落ちている。


 橋の入口はすでに閉鎖されていて、車道を通る車も向こうから来るものばかりだ。橋は普段なら考えられない程に静かで、二人の足音が欄干らんかんの間に響いている。

 道の先で戦いが起きているとは想像もできない程に、穏やかな夜だった。


 全長1キロもない橋の真ん中に差し掛かった所で、背後から一台の車が近付いてくるのが分かった。プーと短いクラクションが鳴り、白い軽自動車がすぐ横に停車する。


「アルガスの……?」


 ボディの横に貼りつけられたマークに気付いて、龍之介がハッと声を上げる。それがアルガスを示すものだと朱羽もすぐに分かった。

 暗い車内を覗き込むと助手席のパワーウィンドゥが下がり、意外な人物が顔を覗かせる。


「朱羽ちゃん!」

久志ひさしさん!」


 白衣姿の久志が、嬉しそうに声を弾ませた。暫く会っていなかった彼は、記憶より大分伸びた髪のせいで少し印象が違って見えた。


「さすまたくんが見えたから、もしやと思ってね。向こうへ行くなら乗って行くと良いよ」

「ありがとうございます!」


 朱羽は龍之介と声を合わせて、車道への柵をピョンと飛び越えた。

 龍之介は「失礼します」と先に乗り込むが、さすまたの柄が入りきらず先端を窓の外へ出す。横に大分出てしまうが、『アルガスは治外法権』という言葉がこんな時役に立つ。


「ちゃんと持って来てくれるなんて光栄だよ。龍之介くんはマサの結婚式以来だよね?」

「はい、お久しぶりです」


 「だよね」と笑って、久志は車を発進させた。

 全開の窓から心地良い空気が入り込んで来る。


「朱羽ちゃんは戦う為に来たの? もしかしてアルガスに戻るつもりだった?」

「はい」


 それは久志にとって冗談のつもりだったらしい。思わぬ返事に「えっ?」と仰天した声を上げる。


「本気……?」

「本気ですよ」

「…………」


 短い沈黙に、言いたい事や聞きたい事の全てを凝縮させて、久志は「了解」とルームミラー越しに朱羽へ笑い掛けた。

 8年のブランクを経ての始動は、誰に話してもきっと同じ反応をするだろう。


「やるからには全力で行きます」

「じゃあ、向こうに着いたら銀環ぎんかんの処理をさせて。朱羽ちゃんが思い切り戦えるようにね」


 久志は張りきってアクセルを踏み込んだ。




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