暴走を止める手段を選ばなかったのは、単純なパワー不足に過ぎない。
かつて律の暴走を止めたヤスが命を落としたように、受け止める側の状態によっては最悪な結末を呼ぶ恐れがあるからだ。横浜の時のように一般人が大量に居るわけでもなく、建物も解体予定の廃墟とくれば、他に選択肢はなかった。
「彰人さん!」
暴走が発動された瞬間に叫んだ綾斗の声が、3人の動き出す合図だった。
吐き出したくなる程の猛烈な気配に息を止め、足元から突き上げられる衝撃に堪える。守備に徹した二人がありったけの防御壁を生成し、それぞれの相手の側へ飛び込んだ。
気配が巻き起こす風の音に聴覚が奪われる。
京子の位置まで大股で五歩、忍の暴走に対して咄嗟に防御した彼女の右手を掴んで、綾斗はその場から引き剥がした。
「放しちゃ駄目だよ」
みるみると奪われる体力に目をこじ開けて、失いかけそうになる意識をそこに留めた。
視界不良の中、彼女の手の感触を確かめながら廃墟を飛び出す。
熱を含まない光が昼のように辺りを照らし、そこにあった風景を溶かしていく。
背中に強い光を浴びながら、他に何かをする余裕もないまま光の外側へと走った。
アルガスの張るテントの輪郭が見えた所で、京子が「ひゃあ」と何かに躓いて綾斗もろとも地面へ滑り転げる。
暴走が焼いた地面の境界線が10センチ程の段差になっていた。
忍が事態を起こしてから全てを焼き尽くすまでの時間など、一分にも満たない。
咽る空気に咳込んで、繋いだままの手をぎゅっと握り締めた。
「京子、生きてる?」
「勿論。けど……」
そろりと背後へ顔を向けた京子が呆然と目を見開く様子に、綾斗もその風景を振り返る。
暴走が起きた場所がどうなるかなんて、誰でも分かる事だ。
なのに実際に目にする衝撃は想像を超えて来る。
さっきまで居た筈の廃墟が、観覧車もろとも消失し、遠くに見える海が日の出の太陽に照らされて穏やかな朝の色をたたえていた。
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