修司の伯父である保科颯太は、解放前のアルガスに在籍した元キーダーだ。
能力で縛られることを嫌いトールになった彼が、今銀環をはめて戦場へと駆け出して行った。
──『久志くん、俺をキーダーにしてくれないか?』
曳地を戦場へ見送った所で、突然横に立った颯太が能力の気配を漂わせてそんなことを言って来た。
──『颯太さん、まさかあの薬を飲んだんですか?』
ホルスの作り出した薬は、トールをバスクに戻すために作られたものだ。彼が今能力を使える理由はそれしか浮かばなかった。
颯太も『あぁ、その通りだ』と隠す素振りも見せない。
ただ、問題は薬の出所だ。
ホルスがトールを欲していた事を思い出して、久志は怪訝に眉を顰める。実はホルスの仲間だったなんて話は、二度と聞きたくない。
──『まさか佳祐と同じとは言いませんよね?』
──『んな面倒なことするかよ。前に銀次がおかしくなった時に、刺青の姉ちゃんを捕まえただろ? あの時彼女が持ってたのを拝借したんだ。俺は修司を助けに行く』
久志は修司や颯太とあまり接点がない。
颯太に関しては今回が初対面だ。修司も実際に会ったのは数える程で、バスクだった彼が最初北陸で訓練するとなった時、資料に目を通したくらいだった。
今颯太が能力を得た事実を、まだ桃也や他のキーダーは誰も知らないだろう。
話に裏はないのかと疑う気持ちが無い訳ではないが、アルガスを知る颯太がバスクの修司を18歳まで匿っていた覚悟こそ、再び銀環を付けると言った彼の全てなのかもしれない。
ただ、元キーダーとはいえ颯太がキーダーだったのは20年以上前の事だ。
実戦経験も殆どないだろう。
──『だったら僕が修司くんの所に行きますよ?』
──『なぁに心配してんだよ。俺はヒデさんや浩一郎さん、勘爾さんとだって訓練してた男だぜ?』
──『けど』
──『オッサンだって自覚はしてる。けど、行かせてくれ。薬はもう飲んじまったんだ、銀環はキーダーとしてあそこに入るけじめだと思ってる』
名だたる強者を並べられて、久志は強く否定することが出来なかった。
颯太が白衣を脱いで、割れた銀環を久志に差し出す。
──『昔、俺が使ってたやつだ。三度目はないと思ってたんだけどな』
──『他のキーダーと同じように力の抑制機能は外しますよ? それで構いませんね?』
──『あぁ。どうせ一錠の効果なんてあっという間だろうけどな』
真っ二つの銀環を受け取ると、久志は颯太を促してテントへ駆け込んだ。
やると決まれば早いに越したことはない。修司が出て行ってまぁまぁの時間が過ぎている。
──『颯太さんも無事でいて下さいね』
──『あぁ。死ぬつもりはねぇよ。あとは……』
銀環を結ぶ久志に『ありがとう』と礼を言って、颯太がテント内をぐるりと見渡す。
──『長物が居るな』
そう言って目を留めたのは、壁に張り付いたままこちらをずっと気にしている龍之介だ。
右手に握り締めるさすまたくんを指差して、颯太は『それだ』と笑った。
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