朱羽が戦場へ出て行くのを見送って、龍之介は一度テントへ戻った。
彼女をずっと見ていようと思ったが、その姿はあっという間に闇へ消えてしまう。
ただボーっと立っている事に負い目を感じて、何かする事はないかと通り掛かった施設員に声を掛けるが、「今はないよ」とあっさり断られた。
テントの中は静かで、各々が自分の仕事を進めている。
朱羽の銀環に付いた制御装置とやらを外した久志は、端のスペースに小さな机と道具を並べ黙々と作業をしていて、とても話し掛けられる様子ではなかった。
簡易ベッドに寝かせられた修司の側を離れた颯太に、龍之介はそっと声を掛ける。
「俺にできる事ありませんか?」
「俺もそんなに忙しくねぇんだよ。まぁ落ち着かないのは分かるけどさ」
颯太は持っていた水を飲んで、折り畳み椅子に腰掛けた。
「境界線の所にただ立っているのは悪い気がしちゃって」
「そんな事ねぇよ。訓練もした事ねぇ奴が心意気だけで中に入ったら、それこそ目も当てらんねぇ」
「……分かりました」
「外に居るのは構わねぇけど、気を付けろよ? 境界線の外側が絶対安全だって言う保証はねぇからな?」
「はい。近くに居るんで、何かあったら呼んで下さい」
「おぅ。龍之介くんがいるだけで朱羽ちゃんは心強いと思うぜ」
立て掛けておいたさすまたを掴んだ龍之介に、颯太がにっこりと笑んだ。
「だったら嬉しいんですけど……」
「自信持てよ。心を許せる相手が必要なんだ。こんな世界に住んでると、尚更な」
その役目が自分だったら良いと思う。
龍之介は「はぁ」と照れくささを抑えながら、ペコリと頭を下げてテントを出た。
今、戦いがどんな状況にあるのか分からない。
ノーマルの龍之介にとっては、目に見えるものが全てだ。廃墟はまだ9割が原形を留めていて、観覧車も止まったままだがキラキラとイルミネーションを光らせている。
あちこちで戦闘の光と音が炸裂していて、どうか朱羽が生き残りますようにと願うばかりだ。
「無事でいて下さい」
祈るように呟いた声が、小さく震えた。
この戦いが終わったら事務所を閉鎖して朱羽はアルガスへ戻るという。
大学に入ってアルガスに就職することが出来たら、また彼女と一緒に毎日を過ごすことが出来るだろうか。
「4年後か。遠いなぁ」
その数字が現実を突き付けて、夢から覚めた気分だった。
「けど、やるしかない」
それがノーマルの自分が進むことのできる最善なルートの筈だ。
輝かしい未来を妄想しながら、龍之介は戦闘区域の端に立ち上る四ヶ所の光を確認した。光の線を繋ぐ長方形のエリアが戦いのフィールドだ。
テントの位置を意識しながら境界線ギリギリを歩いていくと、暗闇の中でうつ伏せに倒れている男に気付いた。
見えない境界線を垂直に跨ぐ姿は、逃げようとして行き倒れにでもなってしまったのだろうか。
「ちょ……ホルスなのか?」
特に重傷を負っているようには見えないが、龍之介が把握しているキーダーには当てはまらない相手だ。積極的に助けようという気にはならないが放置するリスクも考えて、アルガスに答えを委ねようと背を向けた所で、
「助けて……」
か細い声が耳をつく。
どこかで聞いた事のある声だった。
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