九州二日目は朝から暑かった。
夜景を見たままカーテンが開きっ放しになっていて、窓の向こうには西の青い空が見える。
佳祐とは9時に支部の下で待ち合わせをしていて、京子は修司と軽めに朝のトレーニングを澄ませ、8時前に食堂へ入った。
シャワーで流したはずの汗が引かず、汲んで来た氷水をゴクゴクと流し込む。
九州支部の食堂は本部と比べ大分コンパクトだが、朝から人も多くにぎやかだ。広い窓からは、ゲストルームと同じ海側の風景が見える。
「そういえば昨日言ってた視線はどう? まだ感じてる?」
窓際の席を見つけてトレイを置いた京子は、向かいに腰を下ろした修司に尋ねた。
「いえ、あれからは感じてないですよ。もしかして怖がらせちゃいました?」
「ううん、そんな事ないよ」
小さく手を振って、京子は「大丈夫」と強がる。
「なら良いですけど。昨日の昼間、何度か「アレ?」って時があったんですよ。俺に一目惚れした女子の視線だったのかも?」
「そういうトコが美弦の不安を煽ってるんじゃない? 修司って、結構ナンパだよね」
「言ってるだけですよ。中身は真面目なつもりです」
修司はドンと胸を張るが、パンにバターを塗りつける手が途端にテーブルへ落ちた。
何か思い詰めるように息を吐き出す姿に、京子は「どうした?」とオレンジジュースの入ったグラスを手に覗き込む。
「具合でも悪い? 昨日あんなにやる気満々だったのに」
「俺もその満々なつもりなんですけどね」
こっちへ来る話が出た時、すぐにでも移動してきたいと言ったのは、他でもない修司自身だ。少なくとも昨日まではそのままの気持ちに見えたが、今は勢いが失速してしまったのだろうか。
「昨日、美弦と話してたらちょっとホームシックみたいになって。まだ引っ越してもいないのに、暫くの間遠くなるんだなぁって」
「修司でもそういう事考えるんだ!」
「俺を何だと思ってんですか。一年なんてあっという間だと思ってたんですけどね」
「うんうん、分かるよ。私も桃也と離れる時辛かったもん」
京子は熱いスープをクルクルとスプーンで冷ましながら、懐かしいなと目を細める。
「今回の事は強制じゃないし、修司が決めればいいよ」
「いや、ここで訓練できたらって思います。美弦との事だけで断るわけにはいかないし、訓練はいずれしなきゃならないんですから」
バスクからキーダーになると、北陸支部にある訓練施設で1年を過ごさなければならない。
それはキーダーとしての仕事や戦い方を短期で学ぶという理由に加えて、バスクだった過去へのペナルティも少なからず含まれている。
血の滲むような訓練という訳ではないが、アルガス内では島流し的なニュアンスで語られることも多く、久志が『ふざけるなよ』とボヤいているらしい。
元気のない顔にウインナーを差し出すと、修司は「ありがとうございます」と受け取った。
修司を快く送り出すためにも、今日は佳祐と話をしなければならない。
いつもなら感じる事のない負の想いが取り巻いて、京子も少し気が重かった。
朝食後、二人は一度それぞれの部屋に戻る。
佳祐との待ち合わせまではまだ時間があった。
シャツの一番上のボタンを外して、京子はベッドに転がる。
大の字に手足を広げたまま眠ってしまえたら幸せだと思うのに、考える事は山程あって心の余裕はまるでなかった。
「けど、少しだけ……」
モコモコした布団を掛けて、その温もりにそっと目を閉じると、枕元に放り投げていたスマホが「ピ」と音を立ててメールを受信する。
何だろうと思ったが、まだこうしていたいと思って確認を後回しにする。
けれど一分も経たぬ間に、今度は着信音が鳴り響いた。
「綾斗……?」
彼とは朝に『おはよう』のメールを交わしただけだ。彼か、修司か、佳祐か──逡巡しながら伸ばした手の先で通話ボタンを押す。
横になったまま引き寄せたスマホから聞こえたのは、その誰とも違う相手の声だった。
『おはよう、京子ちゃん』
彰人だ。
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