「修司はキーダーになったばかりなんだよ」
青色の背中が公園の奥へ消えて、綾斗は龍之介を振り向いた。
能力者は出生検査で反応が出ると、すぐにキーダーがやって来て手首に銀環をはめられるという。ピアノ教室で会った幼い心美もそうだと彼女の母親が言っていた。
彼らは十五歳でアルガスに入るかどうかの選択をするが、それ以前も銀環をした時点で『キーダー』と呼ばれる。
「さっき、ちょっとだけ修司さんにそのこと聞きました」
「キーダーになったのは本当に最近。訓練もまだ殆どしていないよ」
「一人で行って平気なんですか?」
「本気で戦ったら無理だろうね。けど敵はガイアとシェイラだけのはずだから、端の入口ならそんなに危険じゃないと思うんだ」
綾斗は初心者の修司を最前線に立たせるつもりはないようだ。
ガイアは朱羽と一緒に居る。シェイラがここに潜んでいるかは賭けの要素も含んでいるが、綾斗は「何かあったら助けに行くから」と不安がる龍之介を宥めた。
「美弦は突っ込んでいくタイプだろ? 俺もだけど、生まれた時からキーダーとして育つのと、そうじゃないのとでは色々と違うんだよ。修司は戦う事の怖さを知ってるって言うのかな。やたら君に突っかかるのも、その危うさを感じちゃうんだろうね」
「戦う怖さ……ですか」
「普通は怖いと思うよ。けど修司がキーダーを選んだ以上、私情で置いてくるわけにはいかないから」
「キーダーって言っても色々なんですね。マサさんって人は、キーダーの力を失ってしまったって聞きました」
「あぁ。でも何で? そのこと朱羽さんに聞いたの?」
意表を突かれた顔をする綾斗に、龍之介は「はい」と答える。朱羽が彼を好きだという事実は、周知の事らしい。
「それに、俺の友達でキーダーに憧れてる奴が居るんです。昔テレビに映った人だって言ってたけど、もうキーダーじゃないらしいって。だから、それがマサさんなのかなって俺が勝手に思ってます」
「そっか。俺がここに本部に来た頃、トレーナーをしてくれたんだ。能力がなくても教えて貰えることはたくさんあったから」
「能力がなくても……」
その言葉が龍之介の胸に突き刺さる。生まれた時からノーマルでも、キーダーと並んで役に立てる術が何かしらあるのだと思いたい。
「綾斗さん、俺に何かできることはないですか?」
「それは仕事として? それとも、朱羽さんの為にってこと?」
「それは……」
「とりあえず邪魔にならないようにね」
「……はい」
急に恥ずかしくなって言葉を詰まらせた龍之介に、綾斗は短い溜息を漏らした。
「君をここに連れて来る気なんてなかったんだけどね。リスクの少なそうな方をとっただけだよ」
それでも同行を許可してくれた綾斗の優しさを感じつつ、表面に出してくる冷たさに龍之介は肩をすくめて「ありがとうございます」と頭を下げる。
「いいよ、俺が責任取るから」
綾斗は「あぁ来た」と道の奥へ向かって高く手を上げる。走ってくる影が徐々に大きくなって、龍之介は「京子さん!」とその姿を確認した。
「朱羽さんに対して何かをしたいって気持ちを持つのは構わないけど、向こうがどう受け止めるかってことも重要じゃない? 君にとっての彼女は何? それに、彼女にとっての君は? まず、そこからじゃないかな」
綾斗がそっと呟いた言葉は、謎かけのようだった。
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