「初めまして。綾斗の兄の、木崎渚央です」
福井の郊外に建つ綾斗の実家で二人を迎えたのは、彼の二つ年上の兄・渚央だった。
日焼けした肌と襟足が長めで茶髪のウルフカットに、京子は目を丸くする。『想像とは大分違う』と言った綾斗の予備知識通りだ。
「いつからそこで待機してたんだよ。兄さん見て驚いてるだろ」
引き戸の奥で待ち構えた渚央に、綾斗は「もう」と呆れ顔を見せながら二人の間に入り込む。
「もうって何だよ。別に驚かせようとしたわけじゃないし。挨拶しただけだろ? お前が地味だから俺が目立つだけなんだって。ねぇ?」
「え、いえ……えっと」
返事に困りながら、じっと見つめて来る渚央と綾斗を見比べた。
確かにパッと見た目では真逆な感じの二人だけれど、全く似ていないわけでもないような気がする。
眉間に皺をぐっと寄せる京子に、渚央が小さく笑った。
「似てないと思うのはしょうがないよ。俺の事は渚央でいいよ? それとも、お兄さんにしとく?」
「お、お兄さん? えっと、田母神京子です。よろしくお願いします。これ、召し上がって下さい」
来る途中で買ってきた手土産を渡し恭しく頭を下げると、彼は京子の手首に銀環を見つけて「同じだね」と微笑んだ。
「ありがとう。こちらこそ、綾斗が世話になってます。あぁけど、京子ちゃんは綾斗の先輩なんだよね? もしかして俺の方が年下?」
「生まれ年は一緒だよ。京子さんは早生まれだから学年は一つ上」
マイペースでグイグイと話す渚央に、綾斗の機嫌はどんどん悪くなっている。
しかし渚央は全く気にもしていない様子だ。
「そうなんだ、なら渚央って呼び捨てでも構わないよ」
「は、はぁ……」
「兄さんはもういいから。京子さんはとりあえず上がって下さい」
「綾斗はつれないなぁ。俺を邪魔者扱いする気?」
「邪魔だなんて思ってないよ。鬱陶しいだけ」
「それってあんまり変わらないだろ? けど、まぁいいや。とりあえず客間に布団の準備はしといたから自由に使って」
「……ありがと」
玄関に上がったところで、綾斗が「そういえば」と渚央を振り返る。
「客間って言えば、アレまだあるの?」
「あるよ」
何の迷いもなく答える兄と、途端に困惑する弟。
そんな綾斗の戸惑いが京子には読めない。
「だって、あそこに置くものなんだろ? 大丈夫、悪いものではないからさ」
「まぁそうなんだけど……」
「どうしたの?」
「うーん」と唸る綾斗に尋ねるが、彼はその答えを渋った。
「客室は元々祖母の部屋で、生前に集めてた趣味のものが残っているんですよ」
「へぇ」
「苦手なら、綾斗の部屋で一緒に寝ても良いからね?」
「えぇ?」
「じゃ、また後で」
渚央は京子に手を振って廊下の奥へと消えて行った。
階段を上る音が小さくなって、玄関は嵐が去った後の様に静まり返る。
「煩い兄ですみません」
「ううん、私は兄弟居ないし家でも一人で居る事が多かったから、明るいお兄さんって羨ましい」
「明るいなんてものじゃないですけどね」
「けど、ちょっと久志さんに似てるかも?」
「やっぱり京子さんも思いますよね。後で妹たちも帰ってきますよ」
綾斗の妹は双子で、まだ中学生だという。流石に茶髪という事はないだろうが、どっちの兄に似ているのか妄想してしまう。
家の中へと通されて、渚央の言っていた客間へと案内される。
外観もそうだが、中も大分広い家だ。南側に面した廊下には、庭に降りる事の出来る掃き出し窓が並んでいて、反対側にはピンと張られた障子戸が続いていた。
綾斗は一番手前が居間だと説明して、奥にある突き当りの戸を開く。
「ちょっ……」
先に部屋を覗いた綾斗が絶句した。
「どうしたの?」と京子が後ろから覗き込むと、10畳は軽くあるだろう広い和室の真ん中に布団が敷かれていて、枕が二つ並んでいたのだ。
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