スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

298 苦手な先輩

公開日時: 2024年11月5日(火) 09:19
更新日時: 2025年2月5日(水) 09:34
文字数:1,757

「会えたみたいだね」


 スマホに入れてあるシステムの反応に、久志ひさしは「良かった」と安堵あんどして再びテントの外へ出た。もう少し時間が掛かるかと思ったが、綾斗あやとはあっという間に京子へ辿り着けたようだ。


 予想を遥かに超えたバーサーカーの威力も相当だが、破壊された隔離壁かくりへきの影響も並ならぬものだった。

 むせる程の気配の濃さに思わず鼻を押さえながら、久志は廃墟一帯を見渡す。

 綾斗が押したスイッチの位置情報からすると、京子が居たのは観覧車の辺りだろう。


 佳祐けいすけの件で銀環ぎんかんからGPSを抜いてから、敵の悪用こそ防げたものの不便な点も多かった。

 これから先を見据えて色々と検討していたところでホルスとの戦いが本格的になり、試作品を綾斗に預けた次第だ。猪突猛進ちょとつもうしん型の京子なら必要になるかもしれないと思ったが、案の定仲間の目をすり抜けて敵の生成した隔離壁に閉じ込められてしまったらしい。


「あんまり綾斗に心配かけないでよ」


 白衣の袖を肘まで上げて腕を組むと、ズシャリと足音を立てて人影が真横にせまった。

 昔から生活音の一つ一つがやかましい。それだけで誰か分かる。

 綾斗と一緒に現れてからずっと避けていた距離を詰められて、久志は思わず「げっ」と不満を漏らした。


「げっ、って何だよ。お前が怪我したって言うから心配してたんだぞ?」

「もう治ってますよ。こっちの仕事が終わったら、僕も出撃します」

「なら良いけどよ。お前は髪の毛伸びて雰囲気が変わったな。ロン毛も似合ってるぜ」

「ロン毛って……ありがとうございます」


 反論しても相手のテンションを上げさせてしまうだけだ。

 粛々しゅくしゅくと礼を言って、久志は「やりますよ」と曳地をテントの中へ促した。朱羽あげは同様、銀環の制御を外すためだ。仕事と私情を混同させるつもりはない。


 曳地が「おぅ」とコーラ片手に中へ入り、一番奥に設置した机にドンと腰掛ける。

 膝を突き合わせて黙々もくもくと作業すると、曳地が短い溜息ためいきを零した。


「お前、沙織さおりの事聞かねぇの?」

「……僕にはもう関係ない話ですよ?」

「冷てぇな」


 曳地は苦笑する。沙織は彼の妹で、久志より二つ年上の男勝りな女性だった。

 名前を聞いただけで頭の中をき乱される。込み上げる感情に唇を噛んでぎゅっと目を閉じると、今度は妙に懐かしい気持ちになった。


「元気なんですか?」

「元気だぜ。相変わらずうるせぇ女だよ」

たかさんがそれ言います?」

「俺をアイツと一緒にすんなよ。そんでな、今度結婚するらしい」

「────」


 彼女に恋人が居る事は、風の噂で知っていた。どこか宙に浮いたような話題の気がしていたのに、実の兄にハッキリ言われると思っていたよりダメージが強い。


「おめでとうございます」

「お前が言うなよ。ここだけの話、俺はお前が弟になると思ってたんだけどな。アイツだって──」

「僕はお断りします」


 久志は早口に言葉を突き付ける。それ以上は聞いちゃいけない。

 「終わりましたよ」と手を離すと、曳地は残念そうに「チッ」と舌打ちしてズズっとうるさく椅子を引いた。


「彼女の所に戻っても、同じ事を繰り返すだけだ。だから側に居てくれる人が居るなら、それが一番なんですよ」

「お前がそう言うだろうって、分かって言ってんだよ」

「……すみません」

「いいんだ。それより、お前はここに残ってろよ?」

「えっ……?」

「まだ足痛ぇんだろ? 俺がお前の分まで戦ってきてやるから任せときな」

「貴さん……」

「じゃあ、行って来るぜ」


 昔から何でもお見通しだ。

 曳地は装備を整え、ペットボトルに残っていたコーラを飲み干す。

 走り出す彼を、久志は過去の思い出を重ねながらじっと見送った。


「やかましくて、うるさくて、しつこくて──」


 小さくなっていく彼の背に向けて、久志は自分が泣いている事に気付く。


「僕が嫌っているって思ってるみたいだけど、別に僕はアンタを嫌いな訳じゃないんだよ。一方的に彼女と別れた僕が、アンタとどんな顔して会えばいいのか分からないだけだ」


 それが曳地に対する行動や言動の全てだ。

 もどかしい気持ちがいつか晴れたら、もう少し距離を詰めても良いかなとは思う。


「いつか……だけどね」


 少し気持ちが落ち着いた気がして目の端を拭うと、


「何、ひたってんだよ」


 今度は別の男が横に立った。そういえばしばらく姿が見えなかったが、トイレにでも行っていたのだろうか。

 「お疲れ様です」と振り返って、久志は驚愕きょうがくした。




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