綾斗の配慮で、夜は修司の仮部屋に颯太と二人で泊まることになった。
明日来る田母神京子の指示を待つという事だ。
簡易ベッドを二台押し込んだ部屋は、床が見えない程に狭くなる。
ベッドの上で大の字に転がる修司を横目に、颯太が脱いだ靴下を丸めるながらフンと鼻を鳴らした。
「相変わらず甘いな、ココは」
「逃げ出すつもり?」
「そんなことするかよ」
颯太は「無駄だ」と笑いながらシャツのボタンを緩める。
「お前と二人で泊まれるなら御の字だよ」
京子と会って何を言われるかは分からないが、今日一晩は穏やかに過ごすことができるだろう。
不安を頭の外へ追いやって、修司は改めて彼の告白を噛みしめた。
颯太が元キーダーで、自分とは血が繋がっていないという事実だ。
「――本当なの?」
修司が改めて尋ねると、颯太は「あぁ」と入り口のドア横に置かれたワゴンを指差した。綾斗が運んで来てくれた二人分の夕飯だ。
「先にいただこうぜ」
颯太はいつも、食べる事や飲むことを優先させる。
話の続きが気になるところだが、言われてみれば最後に口にしたものが譲と食べたテリヤキバーガーだったことを思い出した。
「で、さっき横に居たのが前に行ってたキーダーの娘か?」
上京してすぐに会った美弦は、修司がバスクだという事実を見逃してくれた。そんな話をしたのはもう二年も前の事なのに、颯太はついこの間聞いたような口ぶりでニッコリと笑む。。
「覚えてたんだ」
「忘れるかよ。可愛いじゃねぇか、お前も言ってたもんな?」
「そういうの思い出さないでくれる?」
「はいはい」
食事中、颯太は「食事は相変わらずうまいな」と煮魚を突きながら、他愛ない昔話をしてくれた。質問したいことはたくさんあったけれど、修司は颯太のタイミングを待って相槌を繰り返す。
人間の身体とは不思議なもので、腹が満たされると気持ちが落ち着いてくる。そういえば、彰人も食べる事が大事だと言っていた。
颯太が食べ終わるのを待って、修司は「ご馳走様でした」と一緒に手を合わせる。
ワゴンを廊下に下げると、ドア横に帽子を被った制服姿の男が仏頂面で立っていた。彼の制服はキーダーと同じ紺色だが、デザインは違って手首の銀環もない。
興味深げに見つめる修司に、男は無表情のまま敬礼した。
「どうも」と意味が分からないまま中へ戻ると、颯太が「監視だよ」と溜息をつく。
「護兵だな。門のトコに居る奴と同じだ。敬礼だなんて、キーダーは敬われる存在になったもんだな。有事になりゃ命張って助けてくれる英雄だからってか?」
「話には聞くけどさ、そんなに昔は酷い扱いされてたの?」
「酷いって定義は人それぞれだろうけど。まぁ、話せるだけ話してやる」
ソファに深く座り、颯太は水を一口だけ口に含ませて修司へと顔を回した。
ようやく語られた過去の颯太は、修司の知っている伯父とは別人のようだった。
☆
出生検査は、この能力が世間に認知されてすぐに始まったらしい。
「人間の技術ってのは称賛ものだ。銀環も趙馬刀もノーマルが作ったものなんだぜ」
「へぇ、そうなんだ」
「もう退職しちまっただろうが、アルガスの技術部には藤田さんって変わり者の天才が居たんだよ」
暗い窓の外に虚ろな目を漂わせながら、颯太は少し楽しそうに話し始める。
その人はノーマルの技術者で、銀環と趙馬刀の改良に勤しんでいたらしい。
修司は時折向けられる視線に緊張を走らせながら、一つ一つの言葉に耳を傾けた。
颯太がキーダーとして解放前のアルガスに入ったのも、今の制度と変わらない十五歳の時だという。外へ出る事は一切禁止だったというが、アルガスでの生活は修司の想像していた監獄とは大分違っていたようだ。
「キーダーも変わり者が多くてな、隙ありゃ出て行こうとタイミングを狙ってる奴等と、チャンスさえあれば功績を上げてキーダーの存在意義を知らしめてやろうって奴等に二分してたよ。俺は若かったから、早く出て自由になりたかった」
それでもノーマルはキーダーをただ閉じ込めておいた訳ではない。力を利用することもあった――そんな話を始めた途端、颯太の表情が険しくなる。
アルガス解放へのきっかけとなってしまった、一人のキーダーの話だ。
「何かの作戦でキーダーを一人志願させたら、手を上げたのがそのヤスって男と大舎卿だったんだ」
そして、二人のうち選ばれたのは後の英雄である大舎卿ではなく、まだ若いヤスだったらしい。
「作戦は大成功だったって俺たちは結果だけ知らされた。ヤスが何をしたのかなんて誰も教えてくれなかったが、その時俺は初めてキーダーの力を凄いって思ったんだ。ヤスを称えてみんなで喜んだ。けどよ……アイツは帰ってこなかった」
颯太は背中を低く屈め、肩を震わせた。
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