こんな状況で眠れるとは思っていなかった。
隔離壁の生成は、想像以上に体力を消耗させるようだ。熟睡からの目覚めにハッと目を開くと、綾斗の視界に「おはよ」という久志の顔が飛び込んで来た。
「今、何時ですか?」
「そろそろ日が変わる所だよ。少しは休めた?」
「はい」
食い付くように尋ねて、その答えに安堵する。目を閉じていたのは30分程だろうか。
アルガスのテントの中は、相も変わらず施設員や護兵たちが黙々と仕事をしている。
「もう少し休んでても構わないよ?」
「そう言う訳にも行きませんよ。松本さんは見つかりましたか?」
「それっぽい情報は入ってないよ。けど、仲間がやられたって言う話もないから安心して」
久志は左手に抱えていた白衣を側の椅子に掛けて、戦闘の音に耳を澄ます。
「分かりました」と置き上がる綾斗に、枕元の眼鏡を差し出した。
「少し曲がってたから直しておいたよ。掛け具合はどう?」
「ありがとうございます。問題ありません」
綾斗は眼鏡をかけてベッドから足を下ろし、毛布の上に乗せてあった上着を掴んだ。
所々に血の跡や破れはあるが、まだ原形は留めている。
「もういいの? まだ早いんじゃない?」
「大した怪我はしていないんで、アップして向かいます。久志さんも出撃ですか?」
「うん。曳地さんに残ってろって言われたけど、流石にそろそろ出たいかな」
「それって……脚は大丈夫なんですか?」
「……やっぱりわかる?」
「まぁ……」
苦い顔の久志に、綾斗も苦い顔で答える。
久志が佳祐に脚を折られたのは夏の始めの頃だ。もうすっかり歩けるようになり普段の生活に支障はなさそうだが、戦闘となればそうはいかない。
たまに動きに出る違和感は、無理すれば悪化させてしまうものだろう。
「脚なんて無くたって、キーダーは戦えるよ」
「脚がないと逃げられないんですよ。だから無理はしないで下さいね」
「分かってるよ、ありがとね」
久志は緩んだゴムで髪を纏め直し、「行くね」と手を上げた。
「久志さん、出撃ですか。気を付けて行って来て下さいね!」
「ありがとう」
入口近くから声を掛けてきたのは白衣姿の銀次だ。ずっとテント待機だった颯太がキーダーとして出撃して、本部から呼び出されたらしい。
彼の声に反応して、周りの施設員たちも次々に久志を送り出していく。
改めて綾斗が「気を付けて」と広げた手を、久志はパチリと叩いて外へ出て行った。
駆けていく背中を見送る綾斗に、銀次がゼリードリンクを渡す。
「颯太さんからの差し入れです。綾斗さんの体調はどうですか?」
「まぁまぁかな。ありがとうね」
てきぱきと動く銀次はテント内を回り、意欲的に作業している。
そんな彼を呼ぶ声があった。
「銀次」
壁に張り付いて地面に座り込むマサだ。
「はい」と答える声が震えて、綾斗は彼がマサを慕っていた事を思い出した。
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