「京子さんって、いつもこうなんですか?」
京子がトイレに入ったタイミングを見計らって、綾斗は陽菜にそっと尋ねた。
京子の予想外の変貌に困惑している。大体あの状態で、無事に実家へ帰りつくことができるのだろうか。
陽菜は丸いつくねを咥えて、「そうだねぇ」と赤い顔を緩めた。
「まぁ私もそんなに京子と飲んだことないけどさ。前来た時もテンションは高めだったよ」
「そうなんですか……」
この先ずっと付き合っていかなければならない上司の彼女に、綾斗は一抹の不安を覚える。
「けどキーダーって大変なんでしょ? 何か京子はいっつも溜まってる感じ。思い詰めてるっていうの? 彼氏ができたっていうからちょっとは落ち着くのかなと思ったけど、相変わらずだよ」
「俺はまだ本部に来たばかりなんで、京子さんの事あんまり知らないんですよ」
本部に来て二ヶ月が過ぎたが、京子とプライベートの話をするようになったのは、ここ数日の事だ。
陽菜はそんな話に驚いて、ボリュームのある睫毛をパッと開いた。
「それで実家に泊まろうなんて思ったの? 凄いね君」
感心されている。思いもよらぬ展開に、綾斗は「仕事ですから」と眉を寄せた。
「初めての出張で、ちょっと心細かったんです。明日仙台に行くんですけど、最初からそこで待ち合わせようって言われて」
「それは京子が悪いわ。ごめんね」
「あ、いえ……」
『溜まっている』と言われて、綾斗はここ最近の京子を振り返る。
確かに彼女は、ふと不安げな表情を見せることがあるが、そんな記憶をさっき見たばかりの酒豪っぷりが全部持っていってしまった。
「まぁ未成年の少年には扱い辛いかもしれないけど、京子の事よろしくね? 一人で突っ走っちゃうことあるから、駄目なことは駄目だって言ってあげて」
「俺が京子さんにですか?」
「君には京子も遠慮なさそうだし。君も、思ったことは何でも言えばいいと思うよ」
「はぁ」
トイレから戻ってきた京子が、「おかえり」と迎えた陽菜に訝しげな表情を向ける。
「二人で何コソコソ話してたの? また変なこと吹き込んでたんじゃないだろうね?」
「京子が飲みすぎてるって話してたんだよ」
「まだ飲み過ぎてません」
陽菜はあながち間違ってもいないことを言って、再び乾杯を促した。
綾斗の牛乳が三杯目なのに対して、女子二人はもう訳の分からない量を飲み干している。
「京子さんって、桃也さんの前でもそんなお酒の飲み方するんですか?」
ふと湧いた疑問を尋ねると、京子は綾斗を一瞬ムッとした顔で睨んで「しないよ」とあっさり答えた。
「お酒に弱いのはバレてるけど、この間外で飲んだ時もワイン二杯くらいだったし」
「少なっ。アンタ猫被ってんの?」
陽菜がツッこんで、京子は「だって」と押し黙った。自分が弱いことに自覚はあるらしい。
「まぁ好きな人の前じゃ、かしこまっちゃうか。けど、いつもの京子を見せられる相手じゃないと続かなくない?」
「心配かけたくないんだもん」
「掛けたくない、って。彼に心配させといて何を言ってるのよ」
「彼って?」
陽菜の視線を追って、京子が綾斗と目を合わせた。
「もしかして、心配してくれてるの?」
綾斗は何も言わずに顔を逸らす。
「ほらぁ」と陽菜はビールのグラスを傾けた。
そこから何故かまた乾杯をして、京子は「ごめん」と綾斗に謝る。
「綾斗は後輩だし……気にしないっていうか……」
「後輩だからこそ迷惑かけちゃダメでしょ? パワハラだよ?」
ピシリと言われて、京子は「うん」と肩をすくめる。
「ほどほどでお願いします」
後悔するかもといった陽菜の言葉がひしひしと現実味を帯びてきたのを感じて、綾斗は溜息を吐き出した。
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