店に来てもう二時間は経っただろうか。
彰人の提案に驚いて、大分話し込んでしまった。アルコールで気が緩んでいるせいか、普段なら断ってしまいそうな内容も否定しきれず受け入れてしまう。
依然として普段通りな彰人のテンポに飲み込まれそうになって、綾斗はずっと飲んでいたビールをレモンサワーに切り替えた。店員からグラスを受け取ったのと同時に、ポケットのスマホが震える。
誰だろうと確認して「あ」と声が漏れた。
「京子ちゃんから?」
「はい。ちょっとすみません」
「気にしなくて良いよ」
「どうぞ」と手で促されて、綾斗はその場で「はい」と通話ボタンを押した。
『綾斗! 今美弦と別れたんだけど、何してた?』
「お疲れ様。彰人さんと飲んでたよ」
『えぇ? そうなの?』
「うん。いつもの店」
驚いた京子の声が耳に響く。ボリュームの設定が大きくなっていて、スマホから漏れる音がそのまま彰人にも届いていた。
にっこりと笑んだ彰人の顔に気まずさを感じつつも、何も知らない京子は話を続ける。
『いいなぁ。男同士の大事な話?』
「まぁ、そんなとこかな」
合流したそうな京子の気持ちが垣間見えた所で、彰人が「呼んだら?」と軽く提案してくる。
綾斗は一度スマホを耳から離し、「良いんですか?」と通話口を手で塞いだ。
「相談はもう終わりでしょ? だったら3人の方が楽しいよ」
「なら、そうしますか」
この3人で飲むというシチュエーションもまた初めての展開だ。
綾斗は改めてスマホを耳に近付けた。
「京子さんも、こっち来る?」
『いいの?』
「彰人さんが構わないって」
『やった。なら向かうね。今本部の近くに居るから、そんなに時間掛からないと思う』
はしゃいだ声の後に、『後でね』と通話が切れる。
出先かと思ったが、意外と近くに居たらしい。
「来るって?」
「はい。何か数分で着きそうな感じですね」
「なら良かった。無理に合流させて悪いかなとも思ったけど」
綾斗は後ろを通った店員に京子が来る事を伝えて、空の皿を渡した。
「そんな事ないですよ。こういう誰かと気を抜ける時間って大切なんだなって最近しみじみと感じます」
「この所ずっと落ち着けてないもんね」
彰人のグラスが再び空になった所で、入口の扉が開く。ずっと騒がしいままの店内に、威勢の良い「いらっしゃいませ」が響いた。
彼女はこの店の常連だ。店員が示すよりも先に二人を見つけて、「お疲れ」と駆け寄って来る。
綾斗たちが来た時より若干空席もできていて、京子は空いた椅子を二人の間に滑り込ませた。テンションは高めだが、お酒は入っていないようだ。
「お疲れ様、京子ちゃん。美弦ちゃんとご飯食べに行ったんだって?」
「うん、ホテルのバイキング。この間テレビで紹介してて、行きたいなぁって思ってたんだ。大きいケーキがあったんだよ」
両腕で輪を作り、京子は「こんなに」とアピールする。
「それはすごいね」
「楽しかった?」
綾斗が尋ねると、京子は「うん」と大きく首を振った。
「じゃあ飲み物どうする? レモンサワーでいい?」
「どうしようかな」
いつもなら迷わずそこへ行く所だが、京子は少し考えるように二人の手元を確認した。
「あれ体調でも悪い?」
「そうじゃないよ。いつ戦いになるかなって思って、最近お酒飲んでなかったから。二人のはアルコールだよね?」
「結構飲んでるよ」
ホルスからの宣戦布告を待って、京子がピリピリしているのには気付いていた。焦っているのは綾斗も同じだが、今日ばかりはと楽観的に考えてしまう。
「僕も飲んでるよ。もし何か起きたら、酔いなんて冷めちゃうって」
「そういうもの……かな」
そこまでうまく行くとは思えないが、京子は何かを納得したらしい。
「じゃあ、レモンサワー下さい。いつものジョッキで」
「かしこまりました」
「けど、一杯だけね」と京子は人差し指を立てて見せる。
音だけは控えめに聞こえるが、グラスに換算すれば3杯分はあるだろう。最近飲んでいないのなら余計に酔いが早く回ってしまいそうだ。
今日は何事も起こりませんように──そんな事を祈りながら、改めて三人で乾杯をした。
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