スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

277 譲りたくない気持ち

公開日時: 2024年9月24日(火) 09:20
文字数:998

 車輪型の光が視界を斜めに横切る。

 触れそうになったその攻撃を背後への跳躍ちょうやくで逃れ、京子は趙馬刀ちょうばとうを構えた。


 地面に突撃した光が、グルグルと土にめり込んで弾ける。

 以前の戦いで、同じ攻撃を趙馬刀の刃で受け止めた事があった。あの時の感触は今も手に残っている。


りつ!」


 迷いなく叫んだ相手を間違える訳ない。

 この攻撃を他に操る人間を見たことが無かった。

 ホルスの幹部だった女、安藤律だ。


 いつこの戦場に入り込んだのかは分からないが、記憶と似たカーディガンとロングスカートに乱れた様子はない。

 夜の色が彼女を引き立てているのか、大きな瞳も風になびく長い髪も一年前と同じで、ずっと地下牢で過ごしていたようには見えなかった。


「どうして戻って来たの?」

「…………」


 律は黙ったまま、感情のない顔を京子に向けている。

 それでも攻撃のタイミングを狙って、お互いに相手の出方を待っている。


「脱獄したなら、そのまま逃げられたんじゃない? 修司しゅうじにでも会いに来たの?」

「…………」

「それとも、彰人あきひとくんって言った方が良かったかな?」


 律と、修司と、彰人と──三人の関係は少々複雑だ。他人の京子が入り込めるものじゃない。

 案の定、律はその名前に苛立って伏し目がちだった瞳を大きく開いた。


「……はぁ?」


 ぽつりと吐いた声を懐かしいと思う。

 全力で戦える相手を前に興奮を隠しきれず、京子は気配を増幅させた。


「やる気なら良いよ。敵か味方かって事以外、理由なんて要らないもんね」


 「そうね」と律は笑んだ。下がっていた口角がゆっくりと上を向いて、生気のなかった瞳に光が宿る。


「私はホルスとしてここに来たの。貴女とまた戦えるなんて、何かの因縁いんねんかもしれないわね」

「そうだね」


 けれど互いに立ち昇らせた力を解き放とうと構えた瞬間、


「律さん!」


 修司の声が戦意をさえぎる。彼が二人の間に飛び込むまで一秒と掛からなかった。


「修司」

「修司……くん」


 かつてホルスへ取り込もうとした律と、彼女の元を離れてキーダーを選んだ修司。二人もまた横浜以来の再会だ。

 京子は律と戦いたかった。けれど、


「京子さん、俺にやらせて下さい!」


 「お願いします」と訴える修司の趙馬刀の刃が、いつも見るよりもだいぶ大きかった。

 ずっと律に会いたかった修司の気持ちをけることが出来ない。

 

「修司は強いよ。けど、慢心まんしんしちゃ駄目だよ? 気を付けて」

「はいっ!」


 緊張の声に修司の肩を叩いて、京子は別の気配がする方向へと地面を蹴った。









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