「安藤律ですよ」
その答えに驚く暇もなく、背後で男の太い悲鳴が上がる。
譲が大男の腕に噛み付き、受け身を取って地面に転げ落ちた。解かれた腕を押さえながら駆け寄ってくる譲に、修司は「駄目だ」と声を上げて男たちに身構える。
「ふざけるなよ、お前ら。そんな冗談で俺を騙そうとしても無駄だからな!」
男の発言を鵜呑みにしてしまいそうになる自分を否定したかった。同時に、もしここで戦って勝つことが出来れば、それを覆すことが出来る気がしてしまう。
「下がってて」と肩越しに振り返り、困惑する譲に「ごめんな」と頭を下げた。
「律さんが、そっち側の人間なわけない。お前たちホルスなんだろう? 一緒にするなよ」
「ホルス?」
背後で呟いた譲の声に、動揺が混じる。
初老の男は含みのある笑みを浮かべた。
「何も分かってないのは貴方じゃないですか」
粋がったガキだと自嘲しながら、修司は「この野郎!」と右手に白い力を宿す。
「修司?」と呟かれた譲の驚愕に続いて、どこか離れた場所に強い力の気配が沸いた。
「なん……だよ、これは……」
歴然とした力の差に委縮して、修司の光が修司の手からポンと弾ける。
律なのかと思った。
絶望感に頭を垂れると、初老の男が「どうした?」と眉間の皺を深く刻む。
ここに居る修司以外の誰もが、この突き刺すような激しい気配に気付いていないらしい。
スーツ姿の男たちがビクリと全身を震わせた。
瞬きもできず瞳を見開いたまま、壁に杭で撃ち込まれたように手足の先までピンと硬直させている。
身に起きた恐怖を吐き出そうとする半開きの口から、ダラリと唾液が流れ落ちた。
こんなことをできるのは、数知れた人間だけだ。
律が本当に敵だというのなら、この力は──
「彰人……さん?」
望みを込めてた小さな声は、急に騒めいた雑踏の音にかき消されてしまう。
周囲の視線が駅の方角へ一斉に向いて、人々が左右へ別れて道が開いた。
「こんな所でアンタが力を使っていいと思ってるの?」
苛立った少女の声が自分に向けられたものだと理解して、修司は耳を疑った。忘れ掛けそうになっていた音が耳の奥で蘇り、その主を確信させる。
「けど間に合って良かったよ、ホントに」
これは男の声。その顔を見て、修司は全身の力が抜けてしまう。ふらついた足に、譲が後ろから腕を掴んで支えてくれた。
譲の視線は、開かれた道の奥に現れた二人の姿に釘付けだ。
その状況は今の修司にとって最悪かもしれない。けれど、正直ホッとしてしまった。
「良かった……本当に」
それが自分の本心かどうかは分からないけれど。
修司は紺色の制服姿で現れた木崎綾斗と楓美弦に「ありがとうございます」と頭を下げた。
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