犬を抱いた女を誘導する施設員と別れて、急に辺りが静けさに包まれた。
爆発騒ぎがあったとは思えない程で、鳥のさえずりさえ聞こえてくる。
けれど龍之介がホッと息を吐いたのとは対照的に、綾斗は緊張を走らせて道の奥を見据えていた。
「ガイアの気配がしてるんですか?」
「たぶんね。ここに来て急に強くなった。向こうもこっちに気付いて挑発してるつもりなんだろうけど」
即答する綾斗。たぶん、と言ったのは個々の気配を区別するのは難しいという理由らしい。
ノーマルの龍之介にはさっぱり分からないが、京子も横でこくりと相槌を打つ。
「俺、ここに来たの初めてなんです。大晦日の白雪のことも詳しくは知らなくて」
「龍之介くんはこっちの生まれだよね?」
「はい、ここから結構近いですよ」
かつて閑静な住宅地だったというこの場所が、七年前の大晦日に跡形もなく消えてしまった。
黙ったままの京子をチラと見た綾斗が、彼女に遠慮しているように見える。七年前だと彼はまだアルガスには居なかった筈だ。
少し間を置いてから京子が口を開く。
「いまだに詳細は出してないから、知らなくても仕方ないよ。この風景が何もなくなって、私が来た時には全部終わってた。何もできなかったことが悔しくて、雪の中で泣いたんだ」
京子は朱羽の同期だ。アルガスに入って間もない彼女の過去を責める気なんてないけれど、一介のノーマルが『京子さんが悪いわけじゃない』と慰めるのも違う気がして、龍之介は俯いたまま口をつぐんだ。
公園の広場へと伸びた木々のアーチが途切れたところで、綾斗が「俺たちはここまで」と龍之介に声を掛ける。
「分かりました」と答えて茂みに入り込むと、綾斗は小さなイヤホンを一つ龍之介に差し出した。支持されるままに耳に着けると、ザーという耳障りな音が小さく流れている。
「外さないでね」と言われて龍之介は嫌顔にも頷いた。
「気を付けて下さい」
綾斗が京子を見送って、龍之介は全体が露わになった白銀の塔を見上げた。
七年前に起きた『大晦日の白雪』を供養する慰霊塔の巨大さに圧倒させられる。円錐の直径は二十メートルほどだろうか。鋼鉄の塊が天を突き刺すように細長く空へ伸びていた。
龍之介が息を呑むと、京子が塔のたもとで「ガイア!」と声を張り上げる。
一瞬シンとした空気に龍之介が辺りを探すと、常設された献花台の横に朱羽を見つけた。
叫びそうになる衝動を先読みして、綾斗が「静かに」と人差し指でサインする。
それでも駆け出したくなったのは、地面に横たわった彼女の手足がぐるぐると縛られ、『捕らわれの姫』よろしく食い込んだ紐に拘束されていたからだ。
龍之介は弾かれたように一歩足を出すが、綾斗に腕を掴まれた。
「駄目だよ」
「すみません」
綾斗に従うのが、ここへ来た条件だ。
騒めく心臓を必死に抑えつけて、もう一人の人物へ視線を移す。
龍之介が過去に二度見た時と変わらない、茶髪のアロハ男──予告通りガイアが居た。
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