改札の向こうへ消えていく桃也の背を見送る。
敢えて聞きはしなかったが、何気なく目に入った切符の行先は大阪だった。
『俺に任せて』と行ってしまった彼に期待しても良いのだろうか。
前向きにそう言ってくれたのだと思うけれど、何をどうすると状況が好転するのか、京子にはサッパリ見当が付かない。
悪い予感さえしてしまい、自分から詳細を聞く事もできなかった。
一人で考える時間は嫌いだ。
あのまま彼の行く向こう側へと強行突破してしまいたかった。
もう後ろを顧みないつもりだったのに、急にスピードダウンした勢いが決心を鈍らせる。あとどれくらい待てば彼の出す答えに辿り着けるのだろう。
「もうやだ」
左手の薬指に視線を落とす。
『一人で突っ走らないように』と彼に貰ったものだ。
「外して来たら、桃也の所に行けたのかな」
そんな後悔を胸に溜めながら指輪をそっと指先へずらしていくと、横から突然声を掛けられた。
「ねぇ君、フラれたの?」
「えっ?」
振り向くとすぐそこに男の顔があった。少し年上の男だ。
能力とは関係なく、彼の気配に気付けなかった。
距離の近さに驚いて「ヒッ」と後退ると、その勢いに体勢を崩して身体が後ろへと傾く。
「危ないよ」
転びそうになる腕を彼に捕まれた。
「ありがとうございます」
京子は引き戻された彼の手を放れて、まじまじとその顔を見つめる。
「あの、会った事ありましたっけ?」
「ないない、初対面だよ。ナンパだって分からない?」
「えっ……ナンパ?」
男は人当たりのいい笑顔でそんなことを言う。
距離感を躊躇わない彼は、暗色のジャケットから胸元の開いた真っ青なシャツを覗かせている。夜の世界をも連想させる香水の香りに、京子は眉を顰めた。
「可愛い女の子が失恋で寂しそうにしてたら、声掛けるでしょ」
「失恋なんて、してません」
「そうなの?」
金色に光る片耳だけのループピアスが、無造作に伸びた髪から覗いている。
男は前髪をぐしゃぐしゃっとかき上げて、獲物を狙うような目つきでにんまりと京子に笑い掛けた。
「けど今は一人なんでしょ? もしかして遠距離の彼を見送ったトコだった?」
「…………」
「駅だし、そういうシチュエーションは多いかなと思ってさ」
京子にとってこんな経験皆無に等しい。だから、どうかわすのが正解か想像もつかなかった。
男は戸惑う京子の指輪を一瞥する。
「図星かな。恋人がいて幸せなら、そんな顔する必要ないだろ? 見知らぬ男に見栄張ってどうする? だったら俺と──」
「私、キーダーですよ?」
諦めるどころかグイグイ押してくる彼へ、一か八かでそれを切り出す。
前に綾斗が『キーダーの女は怖い』と言っていたのを思い出したからだ。
けれど、思うようにはいかないもので。
「知ってるよ。だから声掛けたんだもん」
前途多難な状況に、京子は泣きたい気持ちになった。
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