修司に言われた『視線』が気にならない訳ではないが、さっき綾斗と話したお陰で大分気持ちは落ち着いている。能力の気配も支部ならではの量が漂っている程度だ。
京子は「大丈夫」と自分に言い聞かせて、そっとカーテンを開いた。
「わぁ、綺麗」
10階まである九州支部の9階が宿泊フロアになっていて、眺めは抜群だ。海沿いに目をやると、青色に光る福岡タワーと観覧車のイルミネーションをそれぞれに眺めることが出来た。
監獄時代の名残がある四方を壁に囲まれた本部とは違い、どこまでも風景が続いている。
京子は乾かしたばかりの髪を背中へ払い、綾斗から届いた写真をもう一度確認した。
『かの』から送られて来たポストカードに書かれた文字に、京子は想像を膨らませる。
ただの偶然かもしれないけれど、思いもよらぬ事実発見の予感に、見知らぬ視線への恐怖など抱いている暇はなかった。
「もう終わってるかな」
この興奮を伝えたい気持ちを押し止めて、風呂に入って来た。
肩に掛けていたタオルを外して、京子はベッドに腰掛けて綾斗へ電話する。
数回のコール後に出た『はい』という声に「綾斗!」と飛びついた。
『随分元気だけど、さっきの視線の件はもう解決したの?』
「してないよ。けど、綾斗に送ってもらった写真見て、私分かったかもしれない!」
『分かった?』
「背の高いイケメン、佳祐さんじゃないかと思って」
『本当ですか?』
興奮のまま話す京子に、綾斗も驚いた声を上げる。
確実な情報ではないけれど、京子は思ったままの考察を綾斗に話した。
『かの』の名前を音でしか理解していなかったが、貰ったポストカードの宛名欄に『寺山佳乃』と書かれていたのだ。『佳』の字が佳祐と同じだった。
彼女の母親はキーダーに助けられた時、相手の身分証を見せられたと言っていた。あの時は自分と同じものを想像して15歳より前のキーダーを選択肢から外していたが、それ以前でも身分証は持っている。
きちんと名前を憶えていないような話をしていたが、その字だけでも記憶していたならば娘の名前に組み込むことは不自然な事ではないような気がする。
「偶然じゃないって、私は思いたい」
高松で起きた事件はシークレットになっていると朱羽が詳細を教えてくれなかった。
けれどバスクが暴走した中、佳乃の母親を佳祐が救うというシチュエーションを想像して京子は妙に納得してしまう。
「力は使えたのかな? 綾斗も中学の時には覚醒してたんだもんね」
『そうだね。理由はどうであれ、本当にそうなら素敵な話だって思うよ』
「だよね。背が高いイケメンって言葉、佳祐さんならアリ──だよね?」
『そういうトコ濁して言うの良くないよ」
「うん、バッチリって事で! 佳祐さんなら例え覚醒していなくても、そんな場面に遭遇したら飛び出して行くんじゃないかな」
颯太や彰人のような誰もが認めるようなハッキリとしたイケメンではないが、男らしさと考えればかなりポイントは高いと思う。少なくとも曳地よりは条件に合っていると思った。
「明日、本人に聞いてみようと思うんだ」
『それは良いけど、まだ気を緩めるのは早いからね?』
佳祐が犯人かもしれない──高松での武勇伝が彼の過去ならば、やよいの事件の犯人かと疑うのはお門違いなんじゃないかと考えてしまう。
このまま平和に時間が過ぎて東京に戻れればいいと祈るばかりだが、綾斗はまだ彼への警戒を弱める素振りを見せなかった。
「分かってる。心配してくれてありがとね」
『俺がいつでも側に居て助けられる訳じゃないんだから。自分の事は大事にして』
「うん。あ、けど朝も言ったけど、もし何か起きたら私は修司を守るから。綾斗が本部に来た頃、爺に言われたんだ。普段は威張ってて良いから、いざって時は後輩を守れって」
『俺も美弦が来た時言われたよ』
戦いの場になったら、幾らでも前に出る覚悟はできている。キーダーだから命は惜しくないと思っていた時もあったけれど、今は生きていたい。
「ねぇ綾斗、明後日の夜は一緒に居よう?」
『分かった』
九州での滞在は、二泊三日だ。
帰りまでなんてあっという間に過ぎるだろうと京子は思っていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!