5年前──
大晦日の帰省中、突如飛び込んできた招集命令に、田母神京子は慌てて新幹線に飛び乗った。
記録的な大雪が首都圏に舞い降りたその日、東京の中心で大きな爆発が起こったという。
客車の電光掲示板に流れるニュースも携帯電話もその緊急事態を伝えてはいるが、詳細は殆ど書かれていない。事件の管轄が、警察ではなくアルガスに移ったからだ。
「爆発って……」
その言葉を怖いと思うのは、まだ十五歳の京子だけでなく、他の乗客も同じだった。
『爆発』という見出しだけで、人々の不安を煽るのには十分だ。
騒然とした車内で、京子は左手首にはめている銀色の環をコートの袖口に隠す。
窓の外に見える雪は次第に勢いを増し、夜の街がいつもより明るく見えた。
爆発と雪のせいでダイヤが乱れ、東京駅は普段より混雑していた。
人の波を縫うように進み、指示された出口で迎えの車に乗り込む。目指すのは事件の起きた住宅街だ。
「急いで、お願い!」
その言葉も虚しく、車はすぐに渋滞にはまってしまう。脇道を選んだところで、今度は雪が邪魔をして思うように動けなかった。
赤色灯を回した何台もの緊急車両とすれ違い、ようやく運転手が車を停めると、フロントガラスの向こうに真っ白い風景が広がる。
状況がまるで読めない。
ここは東京のど真ん中の筈なのに、ぽっかりと空いたそこには建物も道路も何もなかった。
真っ平らの地面に降る雪が、白を深く積み重ねていく。
京子は呆然と車を降り、鼻を突く気配に両手を抑えた。
「人だ……」
雪とともに絶望が舞い降りる。
京子は袖口に隠れた銀環に触れ、そっと雪に手をついた。
生々しい能力者の気配を感じる──被害の元凶が人間だという事実を予想していなかったわけじゃない。ただここに来るまで、ずっとそうでなければいいと思っていた。
「私は、何もできなかった……」
怖いと思う反面、不謹慎ながらも心のどこかでワクワクしていたのも嘘じゃない。
京子がキーダーになって、初めて起きた事件だったからだ。生まれ持ったこの特別な異能力を、遺憾なく発揮できればと思っていた。
なのに事は既に終わっていて、京子ができることなど何も残ってはいなかった。
焼けた匂いがキンと冷えた雪に薄れていく。
もうそこに人の姿は殆どなく、張り巡らされた規制線の向こうでは、待ち焦がれたキーダーの登場に報道陣が眩いばかりにフラッシュを光らせる。
半径八十メートルの風景を一瞬で消し去った光は、二十五年前の隕石落下を彷彿とさせたが、原因は五年経った今も不明のままだ。
死者四人、負傷者八名を出す大惨事となったこの事件は、インタビューを受けた青年が「白い雪が全てを隠そうとしているようだ」と呟いた事から、『大晦日の白雪』と呼ばれた。
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