戦闘区域の端にある3階建ての立体駐車場に入り込んで、彰人は折り返しのスロープを上って行く。
ショッピングセンターが廃業して以来この駐車場も閉まっていたが、幾台かの車は中に取り残されたままになっていた。
死角になると思うのか、建物の中に潜む敵は予想よりも多い。駐車されている自動車の間に身を顰める気配が、彰人の足音にキュッと委縮するのが分かった。
戦いたくない意思を尊重して、勝負に挑んだ敵だけを倒して屋上へ出る。
「隠れるなら向こうの方が良いと思うけどな」
暗い空の下、彰人は鉄柵の端に立ってフィールドを見渡した。
ここよりも格段に広いショッピングモールの廃墟ならば、見つかる確率も低いだろう。それを敢えてここを選んだ理由は、何となく想像することが出来た。
向こうは恐らく忍のテリトリーだ。戦いが始まった時には気にもしなかったが、開戦から今までで彼が建物に張り付いている時間は長い。
「ここに居るコ達は、彼を恨んでいるだろうね」
こんな戦いに放り出される事を知って集まった人間なんて、どれ程いるだろう。力を得る理由を理解しないまま薬を飲んでしまったからこそ、こんな場所に隠れているのではないか。
彼等には直接忍に対抗するまでの能力はなく、死を逃れる事に必死だ。
「隠れたフリしても分かるよ。そこに居るだけなら今は攻撃しないって約束してあげる」
彰人はスロープの屋根に隠れた気配へ向けて、独り言のように声を掛けた。
やる気があるならそれなりに相手するが、戦いたくないのなら無駄に動く意味はない。
「けど、僕に攻撃して来たら遠慮なく殺すからね?」
姿の見えない相手は動こうとはしなかった。
「それで良いよ」と声を掛けて、彰人はひんやりと冷たい鉄柵に身を寄せた。配布されていたショートブレッドを咥える。特段腹が減っている訳ではないが、今を逃すと次がいつになるか分からない。
「コーヒーがあれば良いんだけどね」とボヤきつつ、戦況に目を向けた。
「殺さないようにって考えながら戦うと時間が掛かるね。桃也は良いって言ったけど、それは建前だし。みんなも同じこと思ってるだろうね」
この戦いは、殺し合いが目的じゃない。
向こうの戦力はだいぶ削れたと思うが、まだまだ終わりが見える様子ではなかった。
ホルスもキーダーの殲滅を望むなら暴走の一つや二つ起こして廃墟ごと一掃させれば済むのだろうが、その手段を選ぶトリガーはまだ引かれていないらしい。
今一番激しくやり合っているのは、建物の向こう側だ。忍か松本が戦っているとすれば、相手のキーダーは誰だろうか。
「綾斗くん──いや違うかな」
観覧車のてっぺんで空間隔離が吹っ飛んだのは少し前だが、脱出時間を考えても彼の可能性は薄い気がする。大舎卿か、マサか──と色々当てはめてみても、何故かピタリとくる人物が思い当たらなかった。
「誰だろう?」
首を捻りながら辺りを見渡すと少し奥に朱羽の姿があって、立体駐車場の真下を桃也が横切って行くのが見えた。
「おーい」
のんびり声を掛けると、未来のアルガス長官は暗闇の中すぐに気付いて足を止めた。
左右に顔を振る後頭部目掛けて「上だよ」と言うと、桃也は機嫌悪そうに彰人を仰ぎ見る。
「何、余裕ぶっこいてんだよ」
「いいから。ちょっと来ない?」
手を振って誘う彰人に、桃也は「はぁ?」と不満そうに返事するが、10秒もしない間に建物へ駆け込んであっという間に屋上まで上がってきた。
桃也のすぐ後ろを、京子と綾斗が横切って行ったからだ。
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