スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

334 さよなら

公開日時: 2025年1月16日(木) 09:24
文字数:1,430

 「俺はここで」と入口で立ち止まる龍之介りゅうのすけに、彰人あきひとが「入って良いよ」と道を空けた。


「逆に付き合わせちゃってごめんね」

「いえ。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」


 ボリュームは控えめに返事して、龍之介が「失礼します」と修司しゅうじの乗る車椅子を押していく。

 中は通常の個室とは違い、狭い部屋の壁際に幾つもの機械が整然せいぜんと並んでいた。ドラマで見る集中治療室のようで、心電図のモニターと酸素マスクの音がシンとした部屋に響く。

 ベッドに眠る彼女は、二人の入室に何の変化も示さない。


りつ……」


 もうこのまま目を開かないような気がして、修司は声を震わせた。


「大丈夫、麻酔が効いてるだけだよ。命には別条がないって」

「そうですか……」

「気配も感じないでしょ? 薬がまだ切れてなかったから、先に力を結ばせて貰ったんだ」


 彼女は再びトールに戻ったという事だ。

 律の無事にホッとする感情を出していいのか戸惑う修司に、彰人が見透かしたように「嬉しい?」と尋ねた。

 「はい」と正直に答えると、彼は「僕もだよ」と続ける。


「彰人さん……」

「大っぴらに言う事じゃないから、ここだけって事にしておいて」


 彰人は唇の前に人差し指を立てて、龍之介を一瞥いちべつした。


「律がホルスの幹部として今までやってきたことは、今回の件も含めて許される事ではないけど、命で償うものではないと思う。自らの意思で戦闘に加わった以上、そこで起きた事は受け入れなきゃならないんだけど」

「彼女が最後に戦った相手は誰だったんですか?」

「僕だよ」


 律が今回参戦すると聞いて、何が起きるんだろうと想像が止まらなかった。

 戦場で彼女を見届けたいという思いは叶わなかったけれど、その時側にいたのが彰人で良かったと思う。


「俺もまだ何かできますかね」

「修司さん!」


 やっぱりあの場所に戻りたい。

 込み上げる気持ちを打ち明けると、後ろで龍之介が「駄目ですよ」と声を上げる。勿論、無理は承知のつもりだ。


「いや、言ってみただけだから……多分」

「多分じゃないですよ」

「十分に元気そうだけど、今は休んだ方が良いよ。キーダーにとっての戦いは今回だけじゃないしね。動ける僕たちがいるうちは任せておいて欲しい」


 彰人が目を閉じたままの律を見下ろす。


「彰人さんは戻るんですか?」

「勿論。まだ終わってないからね。けど、修司くんがここに来れて良かったよ。前の時には会わせてあげられなかったから。流石に君の部屋へ彼女を運ぶわけにはいかないでしょ?」

「そうですね。声掛けてくれてありがとうございます。この後彼女をどうするんですか?」

「それは言えないよ。これは監察かんさつの仕事だ」


 彰人が律についているのは、これが『監察員かんさついん』の仕事だからだ。

 一般キーダーの修司とは違う。

 仕方ないと諦める修司に、彰人が「修司くん」と声を掛けた。


「彼女の事を知りたいなら、観察においで。君が色々知りたくてキーダーになったように、君もこっち側へ来ればいい」

「そういえば、そうでしたね」


 バスクとして育った修司がキーダーになるのを躊躇っていたのは、1年と少し前の事だ。アルガスに保護され、自分は何も知らない事を思い知らされた。

 あの時の好奇心は今も同じように胸の中でうずいている。


「俺でもなれますか?」

「勿論。待ってるよ」


 「はい」と返事して、修司はそっと律の側に立ち上がる。

 彼女ともっと戦って、もっと話をしたかった。


「さよなら、律」


 最後の言葉だ。そしていつかまた彼女を知ることが出来たら良い。

 零れ落ちそうになる涙をこらえて、修司は「じゃあね」と目を伏せた。








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