「俺はここで」と入口で立ち止まる龍之介に、彰人が「入って良いよ」と道を空けた。
「逆に付き合わせちゃってごめんね」
「いえ。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
ボリュームは控えめに返事して、龍之介が「失礼します」と修司の乗る車椅子を押していく。
中は通常の個室とは違い、狭い部屋の壁際に幾つもの機械が整然と並んでいた。ドラマで見る集中治療室のようで、心電図のモニターと酸素マスクの音がシンとした部屋に響く。
ベッドに眠る彼女は、二人の入室に何の変化も示さない。
「律……」
もうこのまま目を開かないような気がして、修司は声を震わせた。
「大丈夫、麻酔が効いてるだけだよ。命には別条がないって」
「そうですか……」
「気配も感じないでしょ? 薬がまだ切れてなかったから、先に力を結ばせて貰ったんだ」
彼女は再びトールに戻ったという事だ。
律の無事にホッとする感情を出していいのか戸惑う修司に、彰人が見透かしたように「嬉しい?」と尋ねた。
「はい」と正直に答えると、彼は「僕もだよ」と続ける。
「彰人さん……」
「大っぴらに言う事じゃないから、ここだけって事にしておいて」
彰人は唇の前に人差し指を立てて、龍之介を一瞥した。
「律がホルスの幹部として今までやってきたことは、今回の件も含めて許される事ではないけど、命で償うものではないと思う。自らの意思で戦闘に加わった以上、そこで起きた事は受け入れなきゃならないんだけど」
「彼女が最後に戦った相手は誰だったんですか?」
「僕だよ」
律が今回参戦すると聞いて、何が起きるんだろうと想像が止まらなかった。
戦場で彼女を見届けたいという思いは叶わなかったけれど、その時側にいたのが彰人で良かったと思う。
「俺もまだ何かできますかね」
「修司さん!」
やっぱりあの場所に戻りたい。
込み上げる気持ちを打ち明けると、後ろで龍之介が「駄目ですよ」と声を上げる。勿論、無理は承知のつもりだ。
「いや、言ってみただけだから……多分」
「多分じゃないですよ」
「十分に元気そうだけど、今は休んだ方が良いよ。キーダーにとっての戦いは今回だけじゃないしね。動ける僕たちがいるうちは任せておいて欲しい」
彰人が目を閉じたままの律を見下ろす。
「彰人さんは戻るんですか?」
「勿論。まだ終わってないからね。けど、修司くんがここに来れて良かったよ。前の時には会わせてあげられなかったから。流石に君の部屋へ彼女を運ぶわけにはいかないでしょ?」
「そうですね。声掛けてくれてありがとうございます。この後彼女をどうするんですか?」
「それは言えないよ。これは監察の仕事だ」
彰人が律についているのは、これが『監察員』の仕事だからだ。
一般キーダーの修司とは違う。
仕方ないと諦める修司に、彰人が「修司くん」と声を掛けた。
「彼女の事を知りたいなら、観察においで。君が色々知りたくてキーダーになったように、君もこっち側へ来ればいい」
「そういえば、そうでしたね」
バスクとして育った修司がキーダーになるのを躊躇っていたのは、1年と少し前の事だ。アルガスに保護され、自分は何も知らない事を思い知らされた。
あの時の好奇心は今も同じように胸の中で疼いている。
「俺でもなれますか?」
「勿論。待ってるよ」
「はい」と返事して、修司はそっと律の側に立ち上がる。
彼女ともっと戦って、もっと話をしたかった。
「さよなら、律」
最後の言葉だ。そしていつかまた彼女を知ることが出来たら良い。
零れ落ちそうになる涙を堪えて、修司は「じゃあね」と目を伏せた。
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