戦闘区域の外、アルガスのテントから少し離れた位置に待機して、アルガスの諜報員・田中はバイクのメットインを開いた。
買い込んできた食料の中からサンドイッチとパックのコーヒーを選んで、むさぼるように腹へ詰め込む。時間の経過とともに気温が下がって温かいものを飲みたい所だが、廃墟に隣接した駅には青ボタンのドリンクしか売っていなかった。
彰人に指示されてここへ来たのは夕方だ。そこから先発隊を迎える準備に加わり大舎卿が到着するまではテントに居たが、諜報員という立場も考えて人目のつかないここへ移動してきた。
次の指示が出るのを待っているが、暫くスマホは無音のままだ。
どことなく落ち着かない気持ちに他へ行く事も出来ず、戦闘を遠目に眺めている。
疲れた身体にコーヒーの甘さが染み込んでいく。
何気なく見上げた観覧車の方角に、白い光が立ち上ったのが見えた。「何だ」と目を凝らすと、廃墟の上部から光の尾が抜けていくのが分かった。
一瞬の事で何が起きたのか分からないまま、今はもう元の状態に戻っている。
キーダーやバスクの戦いなど田中にはさっぱり理解できない。
あそこで一緒に戦いたい気持ちなど微塵もなければ、薬を飲んで能力者になりたい訳でもない。『アルガスの諜報員』という今の肩書きに、これ以上なく満足している。
「彰人さんも良い人だしな」
自分の状況を振り返りながら、食べ終えたサンドウィッチの包みとコーヒーのパックをメットインに戻した。
バタンと閉じたシートの音に「おい」という声が続いて、田中は「ん?」と背後を振り返り──思わぬ相手に驚愕した。
「だ、大舎卿?」
「おぅ」
隕石落下から日本を救った、伝説の英雄・大舎卿がキーダーの姿でそこに立っていたのだ。
本部で何度かすれ違った事はあるが、それ以上の接点はない。キーダーの数がここ数年で増えて、彼がアルガスに常駐することも無くなってしまったが、まさかこんな風に声を掛けられる日が来るとは夢にも思っていなかった。
「お前、田中じゃろう?」
「は、はい。お話した事ありましたっけ?」
「ないな」
大舎卿は短く答えて、田中のバイクを一瞥した。
「彰人から、お前がこの辺りに居るだろうと聞いてな。探しておったんじゃ」
「彰人さん……ですか」
「そうじゃ。ちょっと頼みがあっての」
まさかの流れに田中が首を傾げると、大舎卿は何か企んだような目をして用件を口にした。
「そのバイクで連れて行って貰いたい所があるんじゃ」
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