アルガスに入って1年も経たない頃、佳祐が町中で怪しげな男と話しているのを見掛けた事がある。
その時は特に気にもしなかったが、再び二人が夜中に会っているのを目撃するまでそう時間は掛からなかった。
夜に宿舎を抜け出す佳祐を偶然目撃して、こっそり付いて行ったのだ。
尾行は良くないと思いつつも、衝動を止められなかった。
二人が話す内容に、こっそりと聞き耳を立てていた。
『ホルス』という名称も耳にした事がなかった時期に、敵対する組織の存在を知る。佳祐はその仲間だという。
「アンタの事気付いてて隠した。私の罪も重いんだよ」
──『好きだったから言えなかったんだ』
今更そんな馬鹿げた告白をするとは、自分でも笑いたくなる。
佳祐は暫く黙っていたが、「馬鹿野郎」と呟いた。
「お前が白を切るなら、それで止めるつもりだった」
「庇ってくれるつもりだった? けど、やっぱりそういう事なんだね。私たち二人が本気で戦っても、共倒れの未来しか浮かばないってのに。キーダー殺しは禁忌だからね。アンタが死んでも私が死んでも、殺った方は粛清対象だ。アンタが幾ら事実を隠したって、最後まで隠し通せる訳はないんだよ。誰かがアンタに辿り着く」
佳祐との距離が近い。もう吸ってはいない筈の、彼のタバコの匂いがした気がした。
「明日の朝、どっちがここに倒れてても大騒ぎになるだろうね。マサが居ない日を狙ったんだろ? 息絶えた私を見つけたら、久志は泣くと思うよ。最後の最後でデスクルームのゴミ捨てを忘れたのが悔やまれるね」
「そんなの久志にやらせとけよ」
「それアンタの言うセリフ? けど、私も動転してるみたいだ」
久志とはアルガスでの生活の半分以上を共に過ごしている。そこに恋愛感情は一ミリも生まれなかったが、もし死んだら彼は大袈裟なくらいに泣いてくれるだろう。
「私はアンタが好きだった。けど、敵だって分かったから選べなかった。一生結婚する気なんてなかったけど、如月とならって思えたんだ。こんな……予測できた未来を押し付けて、あの人にも娘にも悪いと思ってる」
「…………」
「だから、アンタなんかもう好きじゃないんだよ。私は、如月に会いたいよ……」
会話の途中で、既に戦闘状態に入っていた。
最初は腕試しのようなものだ。打ち合った刃が、夕暮れの暗い草原に明るく映える。
けれど手加減が無くなるまであっという間だった。本気で行かねばそこで終わりだ。
趙馬刀とは逆の手から佳祐が光を飛ばし、やよいを狙う。
佳祐は表情が読めない。模擬戦をやるといつもそこで苦労する。
なのに、彼の懐に飛び込んだやよいが間近で見たのは佳祐の涙だった。
「佳祐……」
光を叩き込もうとした瞬間に怯んで、全てが決まってしまう。
攻撃が相手へ到達するまでのコンマ単位の時間が逆転したのだ。
彼からの攻撃に、ドンと胸に衝撃が走った。
心臓のど真ん中への攻撃は、そこからリカバーする可能性を一瞬で奪ってしまう。
佳祐の足に縋るように地面へ崩れて、そのまま草の上に倒れた。
「……っ……く……」
もう声も出なかった。意識があるのが奇跡なくらいだ。
霞んだ視界の奥で佳祐がこちらを見下ろしている。どんな顔をしているのかは分からないが、彼の声が耳に届いた。
「俺も、お前を──」
けれどその言葉を最後まで聞く事は出来なかった。
暗転する視界が全てを飲み込んでいく。
「好きだったのかもな」
息絶えた闇に、佳祐の言葉がそっと掻き消された。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!