譲から来たメールに添付されていた写真を思い出し、修司はゾッと背中を震わせた。
アイドルグループ・ジャスティのツアーファイナルがあるのだと譲が張り切っていたのは、つい数時間前の事だ。
「まさかジャスティのライブ会場ですか? 観客が居るんですよね? 今日友達がそこに行ってるんです」
「友達? あぁ、好きな奴がいるって言ってたもんな」
「はい。そこでホルスとキーダーが接触するだなんて、危険じゃないんですか?」
近藤によって仕組まれたものとはいえ、穏やかに事が進むとは到底思えない。
横浜のそのホールと言えば、国内外を問わず大物スターが毎日ライブをしているような場所だ。その収容人数を考えれば、いざ騒ぎになった時の混乱は避けられないだろう。
桃也も「危険だろうな」と苦笑する始末だ。
「なら、そこにいる人たちは……」
「守るよ。それが俺たちの仕事だ」
きっぱりと言い切る彼の顔に不安は見えない。
狼狽える気持ちを抑えて、修司は「はい」と息をのんだ。
「近藤が今日で指定してきたんだよ。ホルスとの交渉はライブ後って絶対条件だ。ホールには昼間からウチのメンバーが待機してる。別支部のキーダーも入ってるから安心しな」
「別支部? って、もしかして……」
「平野さんじゃねぇよ」
期待する修司に、桃也は先に返事する。応援は九州支部のキーダーらしい。
「時間だぞ」と促す桃也。既に開演から一時間経った頃で、向こうは興奮の真っ只中だろう。
「趙馬刀は持ってるか? あと、その格好だと向こうでキーダーだって分からねぇな」
羽織ったシャツの裾を捲り、修司が「あります」と腰の趙馬刀を見せると、タイミングを計ったように部屋のブザーが鳴った。
桃也が入口で応答すると、『修司くん居ますかぁ?』と緊張感のない女性の声が修司を指名してくる。横のモニターに荒めの画像で映し出されたのは、メガネを掛けた施設員の女だ。
『貴方の制服持って来たわよ』
そういえば最初の朝に採寸していたことを思い出す。
修司が「ありがとうございます」とモニターに向かって頭を下げると、桃也が扉を開いて彼女を迎えた。
「ナイスタイミング。流石だな、セナさん」
「こうなるんじゃないかって思ってたわ。二人で京子ちゃん達のトコ行くんでしょ? 間に合ってよかった」
華やかな香水の匂いを振りまいて、セナは「急ぐわよ」と修司に詰め寄る。彼女の手がおもむろにシャツのボタンへ伸びて、修司は慌てて身をよじらせた。
「うわぁあ。俺、自分でできますから、向こう向いてて下さい!」
「可愛い、修司くん」
初めての制服に感動する暇もないまま、修司は彼女が後ろを向いた隙に急いで服を脱ぐ。テーブルに置かれたズボンを履いて、シャツのボタンを締めながら「もう大丈夫です」と声を掛けた。
もたつく修司の手から深緑のアスコットタイを奪って、セナは手早く襟元に結んだ。開いていたシャツのボタンをきっちりと留めて、「胸を張りなさい」と修司の背中をドンと叩く。
壁掛けの大きな鏡の前まで手を引かれ、修司はそこに映る自分の姿に「うわぁ」と声を上げた。採寸の時に一度袖は通しているが、改めて着替えた自分が別人のように見える。
「何か、着せられてる感じだな」
「若い子には地味なのよ、この服」
ボソリと呟いた桃也の感想に、セナまでもがそんなことを言う。
律もそうだが、この制服は女子ウケが良くないらしい。
一緒に渡された身分証の写真は学生証と大差なかった。上に書かれたキーダーという肩書を恐れ多く感じてしまう。
「修司、キーダーになるんだな?」
確認する桃也に「はい」と答えると、セナが間に入り込んで修司を見上げた。
「ねぇ修司くん、貴方はここに来たばかりで戦いなんてまだ見様見真似でしょう? 美弦ちゃんのこと心配かもしれないけど、助けようなんて思わずにパートナーになってあげてね」
「パートナーですか?」
「そう。無理しちゃダメって事よ?」
その言葉を噛み締めて、修司は「わかりました」と頭を下げる。
「行くぞ」と走り出す桃也を追い掛けて、階段を駆け上がった。
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